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薄暗い船内で起こったこと
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2024/02/15(木) 16:23:05.537ID:WUNKZf2B0
エス氏は迷っていた。
それはとても重大な問題であって、とても簡単には決められない事柄だったからだ。

アイデバイスには様々な情報が表示されている。
残りの燃料、酸素、食料。
あらゆる方角に、寄港できるスペースセンターが表示されているが、そのどれもが赤色で表示され、たどり着けないことを示していた。

すでに救難信号は出しているが、この一帯を通過するスペースシップには、それを受信しても手を差し伸べてくれるような輩はいないことを知っているし、エス氏だってその一人であった。
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2024/02/15(木) 16:23:56.422ID:WUNKZf2B0
残りの酸素を消費しないように潜めていた呼吸を、ゆっくり大きく吸い込み、そして大きなため息を出した。
シートベルトを外し、届かない星に向かって伸びをした。

この機体は中古で入手したものだが、エス氏の三倍も生き延びてきた堅牢なもので、怪しげな言葉遣いの主人に言わせれば「永久保証してもいいコンディション」だということだったし、現に永久保証はつけてくれたが、この広大な空間において、それはあってもなくても同じものだった。
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2024/02/15(木) 16:24:51.574ID:WUNKZf2B0
思えば今回のフライトは最初から悪い予感がしていた。
まず、デパーチャーの管制官が初任者で、出発許可が下りるまで機体で昼食を二度も食べることになった。
ようやく星を出たところで、自宅のアサガオにセットしている自動給水器の水を補給し忘れたことに気がついた。リモートで監視したところで、水は自分で補給しなくてはなんの役にも立たない。
最初の寄港地へのアプローチも失敗した。希少な鉱物が大量に産出できることがわかったその星は、芋を加工して食べていた四千年も前のような生活をしていた住民に莫大な富をもたらし、それを目的に大量の大型船がアプローチの管制を受けていた。エス氏のような生業の人間ならいつもはパスするつもりでも、今回はつまらない用事で立ち寄らなくてはならず、何時間も順番待ちをしたうえに、ようやく寄港できた真新しいスペースセンターのスポットはなんと入星審査ゲートまで徒歩で四十分もかかる場所だった。
それからいくつかの星に寄ったが、どの地でもまともなモノは食べられず、培養肉を工場農地で育ったレタスに小麦で作られた、どの星にもチェーンを出しているサンドウィッチ屋のランチと栄養補給用のサプリメントだった。
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2024/02/15(木) 16:26:18.409ID:WUNKZf2B0
エス氏は、現在の技術で行き来できる範囲の極東の銀河の、さらに極東にある惑星圏の、ちっぽけな星の、ちっぽけな町で生を受け、育った。
そこでは新鮮な野菜も食べることができたし、今ではほとんど非合法の扱いを受けている食用肉の畜産をしていたから、新鮮な肉も食べられた。他の星ではめったに食べることができない「魚」という種類のタンパク源を食べることもできた。
星を出て、あまりにも食べることと食べるものに興味がなく、単なる栄養補給と排泄の快楽を得る手段と成り下がった他の場所に来るたびに、故郷の食を思い出してはため息をつく毎日だった。

エス氏は、故郷の食文化を輸出するべく、あらゆるデータベースをクロールし、まだ人間と呼ばれる動物に耳という音波を感知する器官と、足が二本あったころの調理法を調べ、研究し、材料を探し出す旅を続けながら、「料理人」という、いまやロボティクスでしかできない行為を行うことを生業としていた。当然、そんなことをしているのは変人であって、アーティストでもあった。だから、人々はエス氏を嘲笑するか、あるいは怪しい儲け話のタネにしたがった。
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2024/02/15(木) 16:27:17.951ID:WUNKZf2B0
エス氏の決断は、もはや殆ど意味をもたなかった。
つまり、判断するより選択肢のほうから消えてしまう運命なのだった。

アイデバイスの警告表示はほとんどが赤色に染まっていて、故障したことを知らせるデバイスですら故障しかけていた。

エス氏はアイデバイスを取り、コンソールに置いた。
クリアになった視界は、暗い船内から、黒いなにもない空間に軽い高揚を感じる。
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2024/02/15(木) 16:28:46.636ID:WUNKZf2B0
いまやどの船にもない「調理場」と呼ばれるスペースが、古いこの船にはまだ作られていた。そこがこの船をわざわざ購入するきっかけでもあったのだが、狭いそのスペースに、エス氏は向かった。

食材を保管するための真空ボックスから、新鮮な「野菜」を取り出す。さらには食材を凍らせることで長期保存する失われた技術と呼ばれる「冷凍」をするための冷凍庫から、おおっぴらにすれば誹謗されるであろう、エス氏の故郷で育てられた「豚肉」を取り出した。
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2024/02/15(木) 16:29:36.172ID:WUNKZf2B0
エス氏は調理をする際に火を使うことにこだわった。調理で火など使うものなどいない現代において、何千年も前に絶やされた「ガスコンロ」から火を起こす。三つある火が出る部分のうち一つに大きな耐火容器を置き、水を沸かす。さらに一つにはパック詰めした「スープ」を絞り出し、温める。
3つ目の大型の火口には、直径50センチはあろうかという「中華鍋」ーこれはエス氏の故郷の星で幻といわれたものを復刻した器具だーを取り出し、植物性の油を入れ加熱し、豚の油を入れる。
そこに野菜を大量に投入した。手に細やかな振動が伝わる。「耳」という器官があったなら、どんな感覚なのかと、エス氏はいつも思う。文献によれば空気中の振動を感じ、脳波に変換することができた。膨大なデータベースでは、「音」で調理の具合を確かめること、という記述も多く見かけたが、もはやエス氏はもちろん、そういった器官がないので、手作りの調理メーターに頼らざるを得ない。
手際よく中華鍋を振る。野菜の色がかわり、焦げ目がついたころ、火を止め、同時に沸き立つ湯に、「中華麺」と呼ばれる食材を入れ、茹でる。
スープの香りが香ばしい。
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2024/02/15(木) 16:29:58.026ID:q4x2Ypt+0
星新一のコピペ?自作?
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2024/02/15(木) 16:31:00.571ID:WUNKZf2B0
船内に赤いランプが盛大に点滅した。酸素の残量が少なくなっていることを示すものだが、火を使えば酸素はなくなる。それはエス氏にとって覚悟であり、わかりきったことだったし、その点滅ですら、エス氏の故郷にあった商店街の店先のライトのようで、懐かしさすら感じた。

器にタレを入れ、スープを少量入れて解く。
その後、湯だった麺を勢いよくザルで上げて湯を切り、器に入れる。
その上から残りのスープを注ぎ、炒めた野菜を乗せる。
かつて金より希少といわれていた「ゴマ」という植物の種子という謎の食材・・・これはエス氏のこだわりのものだが、これを振りかける。
豚肉を特殊な調味液で漬け込んだ「チャーシュー」をスライスし、盛り付ける。

火を止め、器を持ってコンソールに戻る。
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2024/02/15(木) 16:31:17.240ID:WUNKZf2B0
>>8
自作
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2024/02/15(木) 16:31:43.081ID:WUNKZf2B0
かつて「ラーメン」と呼ばれていたというその料理は、電力節約のために消したヒーターの力を失った寒い船内で盛大に湯気を上げた。
この「湯気」が、現代人には珍しく、どの星でもウケがよかったことを思い出した。

エス氏は故郷に想いを馳せた。
彼の育ったちっぽけな町には、このラーメンを出す専門店があり、いつもいい匂いをさせていた。
父親がよく連れて行ってくれた。母親には内緒だよ。と、彼の頭の中には父親のイメージが伝わってきたので、少し悪いことをしているようなどきどきした感じと、その暖かく美味しい食事が、ひどく懐かしかった。

眼の前の器に、これも故郷から持ってきた、「すりおろしニンニク」と「醤油漬けニンニク」という、秘伝のスパイスを、山のようにかけた。
途端に、彼の父親も、こんなふうに山盛りにかけていたことを思い出す。
子供のころの彼には、こんな辛くて臭いがきついものをかけて食べる良さがわからなかったから、この調味料をあまり多く使うことを敬遠していたものの、気がつけば父親のように、もはや自棄になったほどかけた。
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2024/02/15(木) 16:32:41.954ID:WUNKZf2B0
麺をすする。口いっぱいに豚肉からとった風味が広がり、とんでもない美味しさだ。
醤油漬けニンニクのスパイスがアクセントになっている。たまらない。
船内の赤いランプはもはや消灯している。すこし息苦しさも感じた。

故郷で食べたあのラーメンは、たしか「世界の味 さつまラーメン」といった。
エス氏はようやく大切なものを探し出せたような安堵感と達成感でいっぱいだった。

これでいいのだ。
これでいいのだ。

暗い船内に、彼が食べる音が響いている。

エス氏の頭のなかで、彼が感じたことがない「音」が鳴った気がした。
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