私は猫であり、名前をたくさん持っている。それは私が定住を持たないことを意味する。

「おやおや、また君か。君は随分信心深いのだな」

私が真っ赤な鳥居をくぐると、いつものように巫女の娘が話しかけてきた。
こいつはいつも境内を竹ぼうきで掃いていたり、本殿の雑巾がけなどをしている。きっと綺麗好きなのだろう。
私を見つけると「うりうり」と言いながら頭を撫でたりわき腹を両手でわしゃわしゃしてきたりする。
尻尾の付け根を撫でられると尻尾がぴーんと立ってしまうのでやめて欲しい。

「あ、そうだったそうだった」

巫女の娘は何かに気付いたように突然向こうの方へとてとてと走って行ってしまった。
私は気にせずいつものようにお地蔵様のところへ向かう。特に何かを祈りたいわけではない。
ここには新鮮な飲料水とお供え物があるからだ。

「ごめんよ。今日の分を水受けに入れるのを忘れていた」

戻ってきた巫女の娘の手には水がなみなみと入ったひしゃくが握られている。それを地蔵の前の水受けに注ぎ込んだ。
私はそれをぺろぺろと舐める。今日は暑いので少々喉が渇いていた。一心不乱に舐める。
巫女の娘はそれをいつものようににこにことしながら眺めている。猫が水を飲む姿というのはそんなに面白いものなのだろうか。
猫である私には分からない。