ξ゚⊿゚)ξ雨垂れに紫煙が燻るようです

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0001以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 17:50:31.478ID:ySNMbRfK0
たて

0045以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 18:57:55.115ID:ySNMbRfK0
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ξ゚⊿゚)ξ「まあ、続けるも何も、私は端から彼女との関係なんぞには興味がないのだわ」

(´・ω・`)「そうは言っても、事実、あなたは彼女とそういった関係を続けている」

ξ゚⊿゚)ξ「結果はそうでしょう。でも続けようとも言っていないし、彼女がそうするのは彼女の意思なのよ。私にどうこう言っても仕方がないわよ」

(´・ω・`)「いいえ、彼女ではなく、あなたこそが根本の問題でしょう」

その言葉に、何故に私なのだと疑問に首を傾げる。

(´・ω・`)「その曖昧にも思える態度が彼女にとっては都合のよい風に受け取れる。含めて、あなた自身も負い目に背を向けることが出来る。
      両者にとってそれはとても好都合な免罪符ではないでしょうか」

ξ゚⊿゚)ξ「…………」

(´・ω・`)「いいや、或いは負い目がないのかもしれませんが、本当にどうでもよいのならば突き放せばよい話しでしょう。ですがあなたはそうしていない。
      今し方の台詞は、言葉のままに受け取れば、まるで彼女が一方的にあなたに迫っているようですが、その実はあなたが彼女を誘い受けている風にしか見えません」

それはまたなんとも、と言いたくなる。
普通に考えて恋人の肩を持ちたくもなるだろう。肉体関係にまで発展した相手を前に怒りに狂って殴る蹴るをしないところが紳士的とも言える。
だが私の言葉を彼なりの解釈と自己都合で理解した風な物言いに少しばかりの憤りを抱いた。

(´・ω・`)「あなたは仰いましたね。彼女との関係には興味がない、続けるつもりもなく、全ては彼女の意思が前提にあると。
      でもあなたは知っていますよね、彼女があなたから離れるつもりはないことを確信しているのでしょう。だからそういった言葉を口に出来る」

ξ゚⊿゚)ξ「さあ、それは分かりゃしませんが、私に飽いて離れる可能性は幾分にもあるでしょう。それに、私は最初から拒絶していたつもりなのですわ。
      散々に殴る蹴るをして、我が家にまで押しかけた彼女を追っ払おうともしたのよ。ところが、あれの性格はまるで堪えやしないのだわ」

事実、私は散々に抵抗をしていたつもりだ。彼女の顔面を殴った日から彼女が私と身体を重ねるまで、無視等の対応も含めれば出来る限りのことをしたと思う。
何せ孤独主義者だから、私にとって他人とあることは苦痛だし、我が城とも呼べる絶対の領域に土足で踏み入られる苦しみなんぞは誰にも理解出来まい。

0046以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 18:59:55.527ID:ySNMbRfK0
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(´・ω・`)「では何故、今、あなたは彼女と共にあるのですか」

その言葉に私の言葉が止まる。

(´・ω・`)「散々に殴るだの蹴るだの、無視をしていたのに、身体の関係を持つに至った。それを諦めと呼ぶかは知りませんし、あなたの心の裡を知る術もない。
      けれども現状、あなたは彼女と共に過ごすことを受け入れているし、最早追い出そうという風でもない。誘い受けていると呼ばず何と呼ぶのです」

ξ゚⊿゚)ξ「だったらどうするべきだったかしら。殺した方がいい?」

(´・ω・`)「それこそは最大の過ちだ。兎角、例えば警察に通報するなり手段は多くあった筈でしょう。そもそもの暴力を振るう以前にそういった対処が出来たでしょうに。
      つまり、あなたは最初から彼女を本当に拒絶していた訳ではないのではないですか」

明け透けに言うが、まるで私の心の内を知った風に言うのは癪だ。
私は眉根を寄せて男を睨む。全ては私が悪だと言いたげだったが――悪であるのは間違いないにせよ――さも己は正しいという男の姿勢には納得し難い。

ξ゚⊿゚)ξ「一人の人間相手にそこまでの対応をする阿呆がどこにいるのかしら」

(´・ω・`)「今時のストーカー規制法が何故に生まれたか御存じないようで」

ξ゚⊿゚)ξ「それを押しとどめることが出来る人間が周りにいなかったのも一つの問題ではなくて、彼氏さん」

(´・ω・`)「……では僕も悪だと?」

ξ゚⊿゚)ξ「……何故にあなたたちは皆、善悪や正否を定めたがるのかしらね」

胸中にある私個人の哲学は単なる呟きだ。男はそれに反論をしようとするが、私は構わずに言葉を続ける。

ξ゚⊿゚)ξ「兎角、私に要求するのはそういった理由だというのは理解したけれども。本人には当然に伝えているのでしょうね」

(´・ω・`)「……ええ」

ξ゚⊿゚)ξ「ならそれが彼女の答えでしょう。どうにもならないのであればあなたが縄で縛るなり、自分の部屋に繋ぎとめるなりすればいいでしょう」

(´・ω・`)「それこそ犯罪ではないですか」

ξ゚⊿゚)ξ「だってそれがあなたのいうところの答えでしょう。人の意思を受け入れられないならば己の意思で屈服させるのが世の常ではないのかしら」

0047以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:02:02.442ID:ySNMbRfK0
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彼は言った。己と彼女は恋人の関係だと。
ではそれは今もか、という問いをしなかった。恐らく、彼女の性格からして未だに恋人の間柄だと思う。
互いの了承があって初めて交際の関係にあると言えるだろう。一方がどれだけ愛を寄せていようが、一方がそんなことはないと言えば片思いだろう。
普通ならば愛想が尽きるのではないか、と思う。自分という恋人がありながらも他の人物に夢中で、どころか部屋に入り浸って日夜抱き合っている。
字面で見れば最悪だ。だが事実だった。そんな事実を男は理解していて、尚も彼女とは恋人関係にあると断言した。

ξ゚⊿゚)ξ(愛、ね)

その言葉がぴったりだと思うくらい、男は彼女に心底惚れているのだろう。
例え彼女が他の人物に想いを寄せていようが、形として恋人の関係にあり、また、それをお互いが了承していて、
更に今もそれは続いたものだとしているならば彼はその手綱を離すつもりはないのだろう。

あんなイかれ女の何がいいんだ、とも思う。容姿やらは、そりゃ誰もが認める程のそれだ。身体も含め佳人のままだ。
だが他にもいるだろうに、とも思う。この世には七十億もの人間がいて、その約半分くらいは異性で、だったら一人の人間に固執せず、世界に目を配ればいいのに、と思った。

(´・ω・`)「別れろ、と暗に仰っていますか」

ξ゚⊿゚)ξ「曲解だわね。好きにしろ、というのが私の提示する意見よ」

(´・ω・`)「……それはまた無責任に思えますね」

ξ゚⊿゚)ξ「そうかしら?」

(´・ω・`)「ええ。あまりにも他人事のような意見だ。まるで関心など寄せる必要もないというような、拒絶に等しいのではないですか」

それで正しい。結局、私の芯が折れることはないし、根底にある考えが変わることだってない。
どうでもいい、面倒臭い――それが全ての答えになるくらい私は関心を抱けないでいる。
今現在、私を含んでいるらしいこの問題にすら“好きにすればいいだろう”といった感想しか抱けやしない。

ξ゚⊿゚)ξ「目移りされるような、そんな程度だったのが結論なんじゃないのかしら。あなたからすればふざけるな、という感想でしょうがね、
      私からすれば何故に繋ぎとめることが出来なかったのだというのが感想ですわ。
      別に完璧超人になれと言っている訳ではないのよ。あなたが彼女にとっての特別でいて、唯一無二の存在であれば、
      彼女はあなたしか見えなかったのではないかしら」

私の立場とやらがどういったものかは知らない。
例えば悪の側であり、それこそ浮気相手のようなもので、開き直った風に見えているのかもしれない。
だが主観は正しく主観だ。立場はそれぞれにある。確かに事実上、男と彼女は恋人関係だろう。だがそれだけだ。

0048以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:03:39.402ID:ySNMbRfK0
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ξ゚⊿゚)ξ(仮にこの場に彼女がいたら何と言うだろう)

歪な感性を持つ彼女はきっとこう言うだろう――“何で言い争っているの”と。
問題を理解する訳がない。理解できる人間ならばそもそもこういった真似をしないし、元より性に奔放だし責任感なんぞがあるならば複数の人物と恋仲になる訳もない。
つまり、その程度の人間だし、この男がここまで必死になる程の価値はないのではないか、とすら思う。
だがそれこそ十人十色だが、人にはそれぞれに価値観がある。例え不純な真似を仕出かそうが、そういったことすらも許し、受け止め、更には前進したいが為に必死になる人間もいる。

(´・ω・`)「……唯一無二、ですか」

ξ゚⊿゚)ξ「ええ」

(´-ω-`)「そう簡単になれないから僕は――……いいや、彼女の傍にいる男達は必死なのですよ」

成程、と思う。
この男はその事実すらも理解しているようで、それはきっと、この男のみならず、彼女と関係を持つ全ての恋人達がそうなのだろうと分かった。

ξ゚⊿゚)ξ「……知っていて尚、彼女を我が手にしたいと」

(´・ω・`)「ええ」

ξ゚⊿゚)ξ「まるで病的だわね。あなた達全員、言ってしまえば同じ穴の狢ではないのかしら」

(´・ω・`)「愛に正常なものがあるでしょうか?」

ξ゚⊿゚)ξ「さあ、それこそは哲学の域だわよ」

適当に返事をして私はコーヒーを飲み干す。
からりと鳴った氷の音が不思議と響いた気がした。

(´・ω・`)「言ってしまえば、きっと、僕も含め、彼女と関わりを持つ人物は全員異常の部類で違いはないでしょう」

ξ゚⊿゚)ξ「その中に私も含まれている、と」

(´・ω・`)「ええ、当然です。何せ普通ではないじゃないですか、我々の関係性というものは」

手元を見つめる男の言葉に私は首を傾げた。

0049以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:05:48.109ID:ySNMbRfK0
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ξ゚⊿゚)ξ「はぁ……」

(´・ω・`)「先程、あなたは言いましたね。全てを知っている癖に彼女を独占したいのか、と」

言葉は違うにせよ意味合いは概ね合っている。私は頷きを返した。

(´・ω・`)「もう、そういう歳の頃ではないでしょう、我々は。恋だの愛だので浮かれたり、魅力的な誰かを抱きたいだの抱かれたいだの、
      そんなものは理性のない獣や子供と同じではないですか。僕もね、否定は出来ないのですよ。淫奔だのと語るつもりはないですがね、
      そりゃまあ、幾らかの女性との付き合いはあった。普通に生きていれば恋人が出来るなんてのは当然ですからね。
      だから現状、彼女の自由の様に何を言う権利だってありはしないと思っているのですよ。それは過去の己を否定することになるじゃあないですか」

そこで言葉を切った男は私を真っ直ぐに見つめて言葉を続けた。

(´・ω・`)「でもそういった青春はもう、終わりにするべきなのです。普通はそうして大人になっていく。世間体という言葉は自由に対する責任をも意味する。
      だからもう、子供のような遊びは終わりにして、彼女には僕一人を選んでもらいたい。その為に彼女の目を覚まさせてほしいのです、他ならぬあなたに」

彼の言葉の量に対して私は頷きを同じ程度に返すことはなかった。
言っている意味は理解出来る。突き詰めれば大学を卒業し、その先の社会に出た時をも見据え、共に愛を育む夫婦のような関係にまで発展を望むとするならば、
このぐらいの時期に全ての清算をつけて、青い時代だったよなと思い出を振り返るくらいの、そういう風に落ち着けたいのだろう。

どうやら彼にとって彼女は生涯を共にする伴侶に相応しい、或いはそれ程までの情熱を抱くに足る存在らしい。
その熱意を前に賞賛でも贈りたくなる。別に馬鹿にしている訳ではなく、私からすれば、何故にそうまで他人に執着出来るのだという疑問すら芽生える程に、それは透き通った感情に思えた。
だが羨望はなく、憧憬もない。ある種の理想像を語られ、意味を理解出来ても、私の頷きが少なかった理由は心底に簡単なものだった。

ξ゚⊿゚)ξ「……多分、あなたは立派な人になるんじゃないかしら。よき父となり、よき夫にもなるのでしょうね」

(´・ω・`)「そう思って頂けるのですか?」

ξ゚⊿゚)ξ「ええ。きっとそうなのだと思うわよ」

私は懐から煙草を取り出した。当たり前のようにそれを咥え、火を灯す。
そんな所業を見て彼は目を大きく見開き、近くにいた店員までも困った顔をしつつ足早に駆け寄ってくる。
他にも店内にいる誰彼の視線だとか舌打ちなんかも聞こえた気がした。
それらの反応を理解しつつも私は立ち上がる。立ち上がり、紫煙を吐き出し、未だ席に腰を落ち着かせ私を見上げる男へと言葉を紡いだ。

0050以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:06:22.423ID:ySNMbRfK0
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ξ゚⊿゚)ξ-~「なんで普通じゃないといけないの?」





(´・ω・`)「――……は?」







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0051以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:09:02.200ID:ySNMbRfK0
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例えば道徳倫理という言葉があり、世の中には法律というものがあり、義務や権利、責任だとかという言葉もある。
それらが機能しない社会なんぞありはしない。そんな当たり前のことは私にだって分かるし、それはきっと彼女も分かっている。
だがそれらがどうしても関与出来ない物事というのはある。

それは魂の在り方だ。

禁煙の席で煙草を吸ってはならない。当然だろう。何せそれが店や行政の定めたものだからだ。
だから煙草を吸いたかったら喫煙室にいくなり自宅で嗜むなりをすればいい。わざわざ禁止された場で煙草を喫む必要性はない。
だが吸いたいと思うのなら吸えばいい。出禁を喰らおうが罰金が発生しようが、提示されたものがあれば責任を果たせばいい。
別に責任を負うから勝手を仕出かしていい訳ではないだろう。そこから先は道徳倫理の問題であり、単純に言えば他者に不快感を与える権利は誰にだってありはしない。

では区分と線引きはどこにある。
法律の内で義務と権利を遵守し、他者に対し中庸に接し生きることに普通だとか個人だとかと分ける起点はどこにある。
身勝手と自由の明確な差はどこにある。

ξ゚⊿゚)ξ-~「普通を願い、そうあるべきと……何故に貴様等はそうも呪いの如くに何かを定めたがるのかしら。
       彼女は普通になるべきだとか、私から全てを終わらせるよう言えだとか……まるで利他的な目的を利己のままに願う貴様等は糞にも程がある」

私は社会不適合者だろう。その自覚は幼い頃からある。
誰も彼も善悪や正否を絶対のように崇め、それを定めるのに、では正しいことの中で悪を仕出かすだとか、悪の中で正しいことをしたらその意味合いは曖昧になる。
あまりにも不完全な社会だし、実質的に言って道徳倫理なんて言葉は微塵も機能していないのではないかといった感想しかない。
だから普通という言葉の意味を理解しかねている。
何を以てしての、何を起点としての普通なのか、世の中とかいう、実体のない大衆が決定した普通とやらにまったく共感が出来ない。

(´・ω・`)「聞き入れては、貰えないという、ことですか」

ξ゚⊿゚)ξ-~「何度言えば済むのかしら。好きにしろと言ったのよ。道徳がどうだの、普通がどうだのじゃあない。
        貴様が是が非でも欲しいと思うのならどうにかしてでも手に入れればいいのに。
        社会が許すかどうかじゃない、正しさや善さなんぞも関係ない。貴様の魂がそうするべきと言うなら何故にそれに頷けない。
        何故に己の心に従えないのかしらね、貴様等は」

仮に世界がそうあるべきと言ったところで己が頷けないのならば頷かなくていい。それが私の在り方だからだ。
別に心をすり合わせるように適応することなんて出来る。誰にだって出来る。
だがそうするまでもなく、私は私で完結している。だから私は私のままで在り続けることが出来ている。

ξ゚⊿゚)ξ-~「それではお暇させていただきますわね。ごきげんよう」

煙草を咥えたまま、戸惑っている店員をも無視して私は店を出る。
背後から男の追撃でもあるかと思えばそうでもなく、私は普通のままに店を出て、夏の太陽に身を焦がされながら人込みの中へと踏み出した。

ξ゚⊿゚)ξ-~(下らない)

煙を吹きながらに歩き出す私を人の群れが避けていく。その流れを当然のように私は歩いていく。
赤熱する火種が顔に迫る頃、私は天を見上げ、一つの解に辿り着くと眩い太陽に手を翳し、呟いた。

0052以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:09:54.307ID:ySNMbRfK0
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ξ゚ -゚)ξ-~「邪魔になっちゃったなぁ、火……」





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0053以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:10:33.600ID:ySNMbRfK0
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火炎はもういらない。
羽を燃やされるくらいなら、私はそれを消そう。






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0054以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:12:23.927ID:ySNMbRfK0
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夜が明けないことはない。いつか必ず朝はくる。
それは誰しもにとって等しく、もしかしたら世の中に存在する唯一の平等というやつなのかもしれない。

私は暗がりの中、微かな月明かりのさすベッドで眠る彼女の顔を見ていた。
一糸纏わぬ姿のまま、自然のままに彼女は寝ていた。
ふと頬にかかる髪に手を伸ばし、それを退けてやる。そうすると彼女は擽ったそうにしたが、寝息は続いたままだった。

ξ゚⊿゚)ξ「…………」

じきに夜は明けるだろう。四時の頃合いには空の彼方も白けてきて、いつのまにか月明かりが薄れ、夜と朝の狭間に私たちはいた。
私は彼女を見つめている。裸のままに見つめて、その呼吸の音を聞いて、肌から伝う心臓の音を聞いていた。

ζ(-ー-*ζ「…………」

このまま目覚めなかったらいいのにと思っていた。このまま死んでいたら楽だったのに。
そうすれば彼女は物言わぬ物体になる訳で、それは人の扱いではなくなるから、このベッドで静かに横たわっていても不自然じゃなくなる。
この部屋にいても、きっと自然なものになる。

でも夜は明ける。朝はくる。
羽を休めていた蝶は朝露を受け、身を震わせ、空へと飛んでいく。
きっとそれが自然なことだ。夜だからこそに炎の煌めきは目に眩く、その温かさに身を絆されるのだろう。
だが陽が昇れば、そこにこそ真実の居場所があるのだと分かるはずだ。
夜の帳とは暗がりで先が見えないからこそだろう。その境界を越えた先に、実は世界が広がっていたら背の羽を広げ宙へと舞い上がるだろう。

ξ゚⊿゚)ξ(目覚めた時に……)

何を言うのだろう。何と言えばいいのだろう。
彼女は何と言うだろう。何を言われたいだろう。
おはようと言って、おはようと返すだろうか。もう朝だと言えば、もう朝かと言うだろうか。
身体を伸ばし、当たり前のように彼女は私の頬に触れ、口付けをして、笑みを浮かべるだろうか。
私はどう返すのだろうか。眉根を寄せて不機嫌のままに、いつものように軽く小突いて溜息でも吐くのだろうか。

0055以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:14:38.202ID:ySNMbRfK0
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ξ゚⊿゚)ξ「……朝だ」

もう、朝だった。月明かりのさす部屋が明るくなって、私は彼女の顔から視線を窓辺へと向ける。
テーブルにある灰皿を見る。煙草がある。ライターが無造作に転がっている。
私は静かに身を起こし、裸のままに歩いて、煙草を手に取り火を灯す。
紫煙が浮かび、それを割くように歩いて窓辺へと向かい、外の景色を眺めた。

普通と呼ばれる景色が外にはある。次第に人の数は増えて、学校やら職場に向かう人々が溢れるだろう。
私は扉を見る。鍵のかかっていない、世界へと繋がる扉を見て、再度窓辺へと視線を向かわせた。
窓から見える景色も、扉から出た先に広がる景色も、きっと同じだろう。だけど、どうしても私には同じには思えない。

彼女は言った。鍵というのは世界と己とを別つ唯一の手段だと。
では私は何故鍵をかけないのだろう。何故に彼女がこの部屋にあることを受け入れたのだろう。

諦念だったかもしれない。それこそ無理矢理に、いっそ命を奪う手段すらも辞さず、どうにかして私は私だけの世界を保てたはずなのに。
けれども今も私の扉に鍵はかかっていない。窓辺から見える景色に入り口はない。そこは傍観の席だから、実質、繋がりは生まれない。

ξ゚⊿゚)ξ-~「……朝、だ……」

私は私だけでよかったはずだし、この部屋は煩わしい湿度と煙草の香りだけでよかったはずだ。
まるで梅雨の外のように、いつだって陰鬱に満たされた部屋の中、雨垂れに紫煙を浮かべて、窓辺に寄りかかっているだけでよかった。

だのに、私は鍵をかけなかった。
かけ忘れたんじゃない。かけなかったんだ。
火炎の心地が気持ちよくて、羽を燃やされても、それでも身を寄せてもいいくらいに、私はきっと、惹かれてしまったんだ。

ξ ⊿ )ξ-~「…………」

でも、もう、そうじゃない。
火炎に惹かれる羽虫は多くある。そのうちの一つが私だとすれば、きっと誰よりも近い位置にまできただろう。
だが火炎に照らされると、苦しみは当然生まれる。他の羽虫の羽ばたきが傍にあるのが分かる。
その羽音に紛れはしない。だけれどもその羽音が煩わしく、いっそ憎くもあり、心底に嫌だという気持ちも生まれた。

ならば身を離せばいい。だって夜の中でこそ火炎は煌めくが、朝がくれば陽が我が身を照らす。
それで済むはずだ。それで全てが終わるはずだ。
私は煙草を吸う。吸って、煙を吐いて、視線をベッドへと移して、そこに眠る彼女を見る。
羽を畳み、静かに寝息をたてる蝶の彼女を見て、静かに歩み寄って、その頬に触れる。

0056以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:15:05.093ID:ySNMbRfK0
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ζ(゚ー゚*ζ「……おはよう」




ξ゚⊿゚)ξ-~「……おはよう」






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0057以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:16:52.703ID:ySNMbRfK0
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彼女がその瞳で私を射抜く。いつから起きていたかは分からないけど、彼女は私の手に己の手を添えると、優しく握りしめた。

ξ゚⊿゚)ξ-~「いつか……朝はくるのよ。明けぬ夜なんてありはしないの」

ζ(゚ー゚*ζ「……うん」

彼女は優しく微笑んで、私の言葉に頷く。
彼女は分かっているのだろう。私の表情を見て、私の心の裡を理解したのだろう。
何せ彼女は私の鉄面皮とまで評された顔から感情を読み取ることが出来るのだから、彼女には全てが分かっているのだろう。

ξ゚⊿゚)ξ-~「前に、あんた言ったわよね。私は蝶であんたは蛾だって」

ζ(゚ー゚*ζ「……うん」

ξ゚⊿゚)ξ-~「……蝶になんてね、なろうと思えば誰でもなれるのよ」

ζ(゚ー゚*ζ「……うん」

ξ゚⊿゚)ξ-~「例え汚い羽だろうが、見栄えのしない色をしていようが、己が蝶だと言えば蝶になれるのよ」

ζ( ー *ζ「……うん」

彼女の手を握り締める。それを彼女も握り返す。

ξ ⊿ )ξ-~「私はきっと、蝶なんでしょう。でもね、蛾にだってなっていいと思っているのよ」

ζ( ー *ζ「……うん」

ξ ⊿ )ξ-~「だってその方がいいのだわ。誰にも求められず好きに飛び回れるじゃない」

ζ( ー *ζ「……うん」

ξ ⊿ )ξ-~「火を求めなくてもいいじゃない。群れる羽虫の中から抜け出して、朝がくるまで待てばいい。だっていつかは必ず……陽が昇るでしょう」

ζ( ー。*ζ「う、ん……っ……」

0058以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:18:15.920ID:ySNMbRfK0
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鍵を閉めよう。
もう、火炎に身を焦がすことに、私は堪えられない。
他の蝶や蛾の煩わしさを思うと、羽を失ってしまいたい。

それが続くことになるのは明白だ。先の話しが一度で、そして一人だけで済むのなら世界は単純だ。
私は孤独がいい。孤独でいい。
そうある為にこれまでを過ごし、生きてきた。
ただ、ふいに戯れのように開け放たれた窓から蝶が入ってきたから、仕方なしにそれを愛でていた、それでいい。







ξ ⊿ )ξ-~「……終わりにしましょう」





ζ( ー。*ζ「……うん」








朝日の中で、私は涙を流す彼女を抱きしめて、その震える身体を包む。
きっと飛べる。きっと蝶になれる。
世界は不自由だけど、それでも、羽を広げて飛べるほどの広さはある。
だから、だから――

0059以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:18:47.006ID:ySNMbRfK0
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ξ ⊿ )ξ-~「あなたは蝶よ――……デレ」





ζ(;д;*ζ「っ……ツンちゃん……!!」








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0060以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:19:13.845ID:ySNMbRfK0
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さようなら。
私の炎、私の蝶。




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0061以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:21:22.384ID:ySNMbRfK0
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開け放たれた玄関から湿り気を帯びた風が入ってくる。
時期は梅雨に入るだろう。
換気の為と思って部屋の窓を全開にしていたが湿度が煩わしかった。

ξ゚⊿゚)ξ-~「ふぅー……」

蝶が飛び立ってから一年だか二年だかの月日が流れていたと思う。
思う、というくらいに私にとってその期間というのは空白のような虚無で、ただ大学に通って家に帰るだけの日々を過ごしていた。
彼女を見かけたりすることはあった。目が合ったこともあった。だが互いが歩み寄ることはないし、そうなれば会話も必然として生まれない。

ξ゚⊿゚)ξ-~「さて、ご飯でも買いにいこうかしらね」

結局、彼女のその後を私は知らない。例の男を選んだのか、或いは他の恋人達とも関係を続けているのかも分からない。
だが、彼女は蝶になった。その事実だけが私の知るところであり、その事実だけ分かっているなら他のことはどうでもいいと完結した。
彼女の思う幸福をあの男や、或いは他の恋人共に与えることが出来るかどうかも分からない。そもそも彼女の思う幸福だって誰にも分かることではない。
私は咥えていた煙草をもみ消すと立ち上がり、適当なパーカーを着込んで扉へと手をかける。
過去の整理と同時に失せていた空腹感が飯を寄越せと訴えかけてくる。その本能に従い、私は外の世界へと踏み出す。
扉に手をかけ、鍵を開ける動作をして気が付く。

ξ゚⊿゚)ξ「……ああ、そうか、換気してたから」

鍵は掛かっていなかった。先まで換気の為にと扉を開いていたから、うっかりと施錠を忘れていたようだ。
では最後に鍵をかけたのはいつだったのか、と記憶を漁る。
漁る最中に私はかぶりを振り、そんな記憶はこの虚無の期間に一度もなかっただろうと自嘲気味に笑った。

ξ゚⊿゚)ξ「雨、うざいなぁ……」

つまり、そんなものだった。
私はずっと、あの日から今に至るまで、鍵なんてかけていなかった。
手前から別れを切り出し、胸中では世界との繋がりを拒絶していた癖に、そこには微かな期待があった。
無様だと思う。間抜けの道化にも思う。だがその事実に向き合うだけの勇気はなかったし、一つの決断として互いは道を別った。それが結末だった。
別に言い訳を重ねてもいい。一々鍵をかけたりチェーンをするのが面倒だった、どうせ私を訪ねる誰彼は存在しない、そもそもとして関わりのある人物はいない、等々。
それらを並べて、では一体誰を納得させる為の言い訳作りなんだと思うと尚更に滑稽で、私は傘を忘れたままに雨垂れの景色を歩き、やっぱり笑いが零れた。

0062以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:23:12.298ID:ySNMbRfK0
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ξ゚⊿゚)ξ-~「はぁー……」

煙草を咥え火を灯す。
紫煙が天へと向かい、落ちてくる雨粒のそれらを包み、或いは穿たれたりしても、香りと共に昇っていく。
時刻は不明だった。時計もなく携帯端末もない。適当に財布をポケットに突っ込んできた。
目深にフードを被っていて、狭まった視界から見える景色は薄暗いような、仄暗いような、何だかブルースな印象を受けた。
では心境を映す世界は正しくブルースのままで、私は青ぐらい景色の中、雨に打たれてヒロインの如くに道を歩いている。

ξ゚⊿゚)ξ-~「……こんなもんなのよね、どうせ」

呟きは雨に紛れる。その言葉の意味を深く掘り下げたりするつもりはない。
ただ、これが真なる諦観だろうということだ。

今更だと呆れる。本心を口にすることもせず、曖昧なままにしてきて、自分自身が面倒を嫌ったり煩わしい思いをしたくないからと拒絶を選んだ。

その先にあったのは何だ。
虚無だ。

空白で、日々は紫煙に蒸れる部屋で食って寝てを繰り返すだけの無駄のそのものだ。
別に生産性のあるようなことは子供の時分からした覚えはない。だが彼女と過ごした日々というのはきっと、生産性はなくても温もりと呼べるものがあった。

ξ゚ -゚)ξ-~「……あとはこのまま、流れのまま。適当に生きて死ぬ、かぁ……」

幼い頃からぼんやりとそんなことを考えていた。所詮社会不適合者の私に選ぶ道なんぞはないだろうし、前提として望んだ道なんかもない。
適当な会社にでも入って適当に生きて年老いて死ぬ。それが漠然としつつも抗えぬ運命なんだろうと結論していた。

ξ-⊿-)ξ-~(運命ね、阿呆らしい……)

なんともまた幼稚というか可愛らしい単語だと思った。夢見がちな思春期の子供が口にするようなものだ。
そんな風に思うと、自分の中身というのはその頃から何一つ成長していないのだと悟る。
愚かしく、やはり無様だと自身を卑下しつつ、次第にフードで狭まった視界に明るみがさしてきた。
近場のコンビニだった。目的の場所についた私は煙草を適当に吐き捨て、濡れネズミのままに店内へと入ろうとする。

ξ゚⊿゚)ξ(ん……?)

そんな時だ、丁度入り口から踏み入ろうとした時、傍にあった傘立てにビニル傘が突っ込まれた。
同じタイミングで到着した他人だろう。こうなると先を譲るかどうかの葛藤が生まれる。
競争心の欠けた現代人らしく、私はその場に留まり、促すようにその人物へと視線を送った。

0063以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:23:55.125ID:ySNMbRfK0
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ζ(゚ー゚*ζ「……なんでそんなずぶ濡れなの?」





ξ゚⊿゚)ξ「――……」







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0064以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:24:35.289ID:ySNMbRfK0
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胸が高鳴った。

同時に締め付けられるくらいの苦しさが生まれ、私は目を見開いて彼女を見つめる。

一年か二年ぶりに聞く彼女の言葉に私は返事もせず、ただ阿呆のように口を開いて、その程度のアクションしか出来なかった。




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0065以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:26:27.781ID:ySNMbRfK0
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ζ(゚ー゚*ζ「……入んないの?」

ξ゚⊿゚)ξ「……入るわよ」

入店の音と同時に私たちは同じ歩幅で、同じタイミングで足を踏み出した。
方やずぶ濡れの私と煌めく程の鮮やかさを醸す美女が隣り合う姿というのは歪かもしれないが、それでも私と彼女が隣り合う景色は過去に確かに存在していた。
まるで去来する思い出が形でももって現れたかのような、そんな心地だった。胸の中では心臓が不規則に脈を打ち、それは緊張から生まれるものだと理解した。

ζ(゚ー゚*ζ「どうせご飯でも買いにきたんでしょ?」

ξ゚⊿゚)ξ「……まあね」

ζ(゚ー゚*ζ「やっぱりね。未だに料理出来ないんだ?」

ξ-⊿゚)ξ「別に困ったりしないから覚える必要もないでしょ。お金で解決出来る問題だもの」

ζ(゚ー゚*ζ「ふふっ、バイトもしてないくせに」

ξ-⊿゚)ξ「両親が勝手に寄越すお金だもの。使わなきゃ単なる持ち腐れだわよ、在り難く浪費させて頂くわ」

年単位越しの会話はあまりにも自然で、まるで常日頃言葉を重ねている同士のような錯覚すら感じる。
彼女は私の後をついてくる。いつものままの抑揚で語りかけてきて、私の言葉にいつものように笑って、それでも呆れもせずついてくる。
私はそれを面倒臭がるように相手取る。いつものように厭味を通り越した心底からの本音を吐露しつつ、私の好きなコンビニ弁当を手に取る。

複数の“いつものように”が行き交う。この場の時空は入り乱れている。
彼女との“いつも通り”は既に過去のことなのに、だのに、私の中の“いつも通り”に自然とおさまるくらいに、それは当たり前のようだった。
彼女から心配を寄せる言葉を受けても煩わしさはない。それをも掻き消すくらいの多幸感がある。

ζ(゚ー゚*ζ「あ、待って。ついでにこれも買ってよ」

ξ゚⊿゚)ξ「飲み物くらい自分で買いなさいよ」

ζ(゚ー゚*ζ「ケチ臭いこと言わないでよ、お金はあるんでしょ?」

ξ-⊿゚)ξ「親の、ね」

会計の折、彼女が私の弁当の隣に飲み物を置く。文句を言いつつもそれを買ってやり、会計が済むとそれを彼女に手渡した。
これもまた“いつものように”だった。彼女はなんだかんだで甘え上手なのは確かで、私はそれを許していた気もする。
そうして互いに目的の買い物を果たすと、私たちは外へと出る。

0066以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:27:32.954ID:ySNMbRfK0
雨の降る景色は薄暗く、私たちはコンビニの光に照らされてそのままに立ち竦んでいた。
その時間は秒単位だったかもしれないし、もしかしたら時間の単位だったかもしれない。
互いは何も言わず、ただ雨の景色を眺めて、客足の少ない店先で無言で突っ立っている。

ζ(゚ー゚*ζ「…………」

ξ゚⊿゚)ξ「…………」

懐かしい香りがしてくる。彼女のものだった。
嘗ての香水を今も好んで使っている様子で、その香りの中に不純物はない。
純粋なままの姿に安堵を覚えた。覚えたのに、それなのに私は雨の景色に踏み出せないでいた。

ここから先にはもう、“いつものように”はない。
私は自分の家に向かう。だが彼女は、もう、そうじゃない。
嘗てのように同じタイミングで踏み出して、雨の中、適当な話しでもしながら彼女と我が家に帰宅することはない。
何故ならば私たちは関係を別った。全ては私から終わらせたことであって、どれだけ己の愚行を嘆こうが呆れようが済ませた事実を変えることは出来ない。

0067以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:29:16.358ID:D3Ojx9Hz0
読んでる

0068以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:29:55.090ID:ySNMbRfK0
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ξ゚⊿゚)ξ-~「……そんじゃ」

私は煙草を咥え、火を灯し、フードを被ると一歩を踏み出す。
悔恨の念を抱こうがケリはケリだ。それも終止符を打った張本人が何を都合のよい状況に甘えることが出来るだろう。
それこそは無様の極みだし、何よりとして期待を抱く自分自身があまりにもみじめで受け入れることが出来ない。
だからあの朝のように、私から一歩を踏み出す。雨の雫を受け、煙草の火種が弱まろうとも、それでも“いつものように”私は独りで歩き出す。

ξ ⊿ )ξ-~(相変わらず、耳に心地のよい声だこと)

それでも、せめてもの慈しみの手段として、自身の甘えとして、彼女の可愛らしい声ばかりは記憶に強く焼きつけようと思った。
偶々の状況での邂逅は、まるで初めて彼女と出会った時のことを想起させる。
そうすると途端に数々の思い出が蘇ってきて、それらが私の心に染みだし、脳内を掻き乱していく。

ξ ⊿ )ξ-~(ああ、再会なんてするんじゃなかったわね)

どうせ悲観に暮れるなら思い出のみで済ませるのが最善だ。原因のそのものを前にしてはより一層に己の罪悪感が増してくる。
それもまた一方的なもので、独善的でもあり、自分勝手な感想だろう。

だが後悔を抱かない時はないし、結末として関係を終わらせた事実からして、最早残るのはスタッフロールくらいだろうに。
これから先に何の未来があるだろう。先にも後にも私の未来図とやらは時の流れに身を任せる程度だと自己完結していたくらいだから、
そうなると往生際の悪さと後味の悪さが込み上げてきて、やはりこの雨のスクリーンのままにブルースじゃないかと呆れる。

ξ ⊿ )ξ-~(せめて彼女が嫌な思いをしていないことを願うだけだわね)

湿気た空気と雨粒、そして紫煙の香りが色濃く私を包む。
果たして私は先のコンビニからどれだけ歩いてきたかも分からない。視界は相変わらず薄暗く、視線は地を這うばかりだった。
手にあるコンビニ弁当の存在なんてすっかり忘れていたくらいで、どれだけ私は呆けているんだと視線を上げる。

0069以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:30:47.035ID:ySNMbRfK0
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ζ(゚ー゚*ζ「よっす」





ξ゚⊿゚)ξ-~「……あれ?」








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0070以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:31:14.302ID:ySNMbRfK0
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そこには彼女がいる。

“いつものように”私を見つめている。

“いつものように”私の隣にいる。

“いつものように”微笑みかけてくる。

“いつものように”優しい香りをしている。

“いつものように”美しく。

“いつものように”可憐で。

いつものままで“いつものように”彼女はそこにいる。




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0071以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:32:04.971ID:ySNMbRfK0
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ξ゚⊿゚)ξ-~「……なんでいんの?」

ζ(゚ー゚*ζ「ダメなの?」

ξ゚⊿゚)ξ-~「いや、つーか……あれ、未だあんま歩いてない、の?」

ζ(゚ー゚*ζ「うん。まだ歩き出して十秒くらいじゃない?」

ξ゚⊿゚)ξ-~「……いや、えーと」

ζ(゚ー゚*ζ「っていうかさ、ツンちゃん」

ξ゚⊿゚)ξ-~「え?」

ζ(゚ー゚*ζ「本当に可愛らしいよね」

ξ;゚⊿゚)ξ-~「は?」

ζ(゚ー゚*ζ「久しぶりに会えばあんなに大きく目を見開いて。買い物終わったら凄い肩をしょげて歩き出してさ」

ξ;゚⊿゚)ξ-~「え、いや……」

ζ(゚ー゚*ζ「ずっと地面見てるんだもん。ちゃんと家に帰れるか心配にもなるよ」

ξ;゚⊿゚)ξ-~「……流石にそこまでガキじゃあ――」

ζ(゚ー゚*ζ「いやいやガキでしょ。ずっと。意固地で融通きかないの。そんで我儘で自分勝手なクソガキのままでしょうに」

ξ;゚⊿゚)ξ-~「随分と辛辣だわねぇ……」

ζ(゚ー゚*ζ「でも事実だしさ。それに、そんなツンちゃんだからこそ……やっぱり超絶に可愛いんだよ」

0072以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:34:03.488ID:ySNMbRfK0
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彼女が私を見つめている。その瞳の奥には相変わらず不思議な色がある。
それは輝きなのかもしれない。黒く、全てを飲み込むような深い色合いの中に確かな輝きがある。

ξ゚⊿゚)ξ-~(……ああ)

私はその揺らめきも、色も、温もりも知っていた。
それは火炎だ。彼女の持つ、彼女だけが与えることの出来る火炎の揺らめきと色合いと温もりだ。
それと対峙し、真正面から見つめた時、私は氷解する程の理解を得て、合点となると彼女の頬に手を伸ばす。

ξ゚⊿゚)ξ-~「……やっぱり、燃え続けてるのだわね」

ζ(゚ー゚*ζ「ふふっ……そりゃね、燃え続けるよ。じゃなきゃ誘うものも誘えないからさ、愛しい蝶を」

ξ゚⊿゚)ξ-~「でも羽虫は多くいるでしょうに。今もそうでしょうに」

ζ(゚ー゚*ζ「かもね。でもそれらの羽はさ、燃え尽きちゃうんだよ」

彼女が私の頬へと手を伸ばす。互いは互いの体温を確かめるように、“いつものように”私たちは触れ合う。

ζ(゚ー゚*ζ「ツンちゃんの炎でさ、皆、羽を焦がされちゃうんだ」

ξ゚⊿゚)ξ-~「…………」

ζ(゚ー゚*ζ「ねえ、ツンちゃん。私はきっと蝶になれるかもしれないけどさ、それでも……ツンちゃんの温もりがなきゃ、やっぱり嫌だよ」

その言葉にどういった言葉を返したらいいだろう。
既に関係は終わっている。私の意思で突き放し、彼女もそれに頷いた。
だが彼女は今、私と触れ合い、互いから感じる熱に癒しを得て、更には幸福をも感じている。

ξ゚⊿゚)ξ-~「……なら、好きにすればいいんじゃないの」

故の私だ。この答えが出るからこそに私は私足り得る。
好きにしたらいい――己の心に従い生きるべきと私は彼女の恋人に同じ台詞を贈った。
そんな私が彼女の意思を粉砕する道理はないし、一度終えた関係が二度と修復出来ない道理もない。
ただ、私は私らしくそう言うだけだ。そして彼女はそれを理解していたように、まるで端から分かりきっていたように優しく微笑む。

ζ(^ー^*ζ「んじゃ、帰ろうか。一緒に」

0073以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:35:06.911ID:ySNMbRfK0
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私は頷く。全ては自由意思であり、己の魂を確立すべきと叫ぶならば、私は私の思うがままに生き続ける。
例え彼女が身を包み全てを燃やし尽くす火炎だとしても。
例え私がその炎に身を焦がされ羽を失おうとも。
そこに陽の光よりも居心地のよさを覚え、夜を越える以前に夜を望むのならば、私には頷くことが全ての正解になり得る。
ただ、そう、ただ――




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0074以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:36:36.939ID:ySNMbRfK0
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ξ゚⊿゚)ξ-~「……本当、悪女極まるわね、あんたは」





ζ(^ー^*ζ「ふふーぅ。何せ是が非でもツンちゃんが欲しいからね、仕方ないよ」






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0075以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:36:57.434ID:ySNMbRfK0
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このあまりにも都合のよすぎる邂逅に私は何も言わない。
全ては彼女の掌の上だろうとも、私は軽くボヤくだけで、雨垂れの景色を二人で歩いていくだけだ。




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0076以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:38:58.581ID:ySNMbRfK0
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一年だか二年ぶりに訪れた喫茶店には、あの日と同じ席にあの日と同じ顔の人物が座っていた。
私は不機嫌な顔のままに、それでも仕方なしと割り切ってその人物の前に腰かけ、歩み寄ってきた店員にアイスコーヒーを注文する。
ややもして飲み物が届き、それを口に含んだタイミングで対面する人物は口を開いた。

(´・ω・`)「相も変わらずの様子で安心しましたよ、ツンデレさん。よくきてくれましたね、急な呼び出しだったのに」

ξ゚⊿゚)ξ「そちら様もお変わりはない様子で。相変わらず人の都合を考えないのだわね」

適当な返事に彼は文句を言うでもなく、小さな溜息を吐くに留まり、改めたように私を真っ直ぐに見つめた。
本日、私はこの男に呼び出された。まるで数年前の再現のようだったが、これも一つのケリとして考え渋々とここへやってきた。

(´・ω・`)「結局、彼女はあなたのみを求める結果になりましたよ。まあ御自身の現状からして言うまでもないでしょうけども」

ξ゚⊿゚)ξ「そちら様は彼女とは完全に縁が切れたようだわね」

(´・ω・`)「果たして本当に縁はあったのだろうかと疑問すら浮かぶ程ですよ、僕――……いや、我々は」

彼女はあの雨の夜からずっと私のもとにいる。
それこそ数年前のように、いやさ、まるでその続きを今正に実現せんとするかのように彼女は私から離れる素振りをみせない。
私としては何一つ問題はなかった。元より後悔があった上に、結果として彼女と再度心を通わせることが出来ている。
その事実だけが重要であり、その他のことにさして思うことはない。

(´・ω・`)「とは言えお気づきなんじゃあないですか。そもそも彼女があなたから離れたことなどこの二年の間に一度もないと」

ξ゚⊿゚)ξ「さあ、さっぱりですわね」

明確に二年の月日だったと告げられて私は曖昧だった虚無の期間に一人で納得する。
未だにその間の記憶は曖昧で、日々は飯を食って寝て大学に通うだけのあまりにも機械じみた生活だった。
それこそが私の最も望んだ生き方だったろうに、その日常に何一つ感慨もないものだから、当人の望む理想や憧憬などというものは、存外、的の外れたものなのかもしれない。

0077以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:40:13.317ID:rX2gtCqA0
ブーン系とかマジかよ
ただ地の文多いのは脳みその限界超えるから支援だけしとく

0078以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:40:42.918ID:ySNMbRfK0
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(´・ω・`)「まあ順を追っていきましょうよ。あなた自身の感じている、なんともご都合主義な現状に対する納得だって必要でしょう」

それは貴様等が納得する為の言い訳ではないのか、と言おうとしたが言葉を呑んで適当に頷いておく。

(´・ω・`)「そもそも彼女はあなたから別離を望まれて頷いた訳ですがね、彼女は心底あなたを想っている。そうとなれば頷くでしょう。
      まして彼女自身が起因となる問題であるなら尚更だ、元より恋人の関係でもない上に繋がりと言えば身体だけ。
      で、あるなら関係なんて普通の恋仲の間柄よりも尚、さっぱりと終えることが出来るというのも、彼女にとっては好都合だったでしょうね」

饒舌に語る男の表情は至って普通だ。そこに怒りや憎しみといった負の感情はない。
淡々と語るだけで、私は男の言葉に耳を傾けつつ手元にある飲み物を啜る。

(´・ω・`)「第一に切り離したのは多くの恋人たちでしたかね。身体の関係のみの相手とも距離をおいて、一つ一つの問題の解決に迫った訳です。
      とはいえ突然に別れを切り出される訳ですから納得しない男もいますよ、僕もそのうちの一人でしたけども」

ξ゚⊿゚)ξ「ふーん」

適当に返事をする私に男は言葉を続ける。

(´・ω・`)「次に近しい人々の選別でしたかね。選別ですよ、選別。意味、分かりますか?」

ξ゚⊿゚)ξ「言葉のままに選んで別けるということでしょう」

(´・ω・`)「ええ。端的に言えば彼女の行動や思想だとかに疑問を抱かないような……
      要するに表面上のみでの付き合いで済む人物だけが彼女の傍におかれることになった、という訳です」

ξ゚⊿゚)ξ「まるで女王様だわね」

(´・ω・`)「ですが元よりその気質ですしね、間違いではないですよ」

あっけらかんと言う男の言葉に私は嘲笑のまま鼻を鳴らす。

0079以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:42:34.520ID:ySNMbRfK0
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(´・ω・`)「結局、全ての整理整頓を済ますまでに二年の月日を要したと。彼女の近況とか知らないでしょう?」

ξ゚⊿゚)ξ「幾度か構内で見た程度だわよ」

(´・ω・`)「そんなもんでしょう。なら気づかない筈ですよ、彼女の傍にいる人物たちの入れ替わりようといったら激変したどころじゃない。
      それこそ表面上の付き合い程度の、言ってしまえば顔見知りで済むくらいの連中が今の彼女の取り巻きですから」

そう言われて私は尚のこと呆れる。

ξ゚⊿゚)ξ「多分、元々全員をそういう風に見ていたと思うわよ。それがより見て取れるようになったってだけでしょうよ」

(´・ω・`)「……でしょうね。ですがそこまでの行動をする程に彼女は必死だったんですから、あなたはとんでもない人物ですね」

果たしてそれは賞賛か蔑みかは分らなかったが、言葉を無視して再度コップの内容を飲む。

(´・ω・`)「でもそれが済んだところで手段も状況も不足していたのですよ、彼女にとっては」

ξ゚⊿゚)ξ「不足」

(´・ω・`)「ええ。先ずをして心配だったからお得意のままにあなたを影からずっと見ていたり、ね」

寄越された台詞だが、しかし私は特に驚きもせず、相変わらずに無表情のまま対面する。
そんな私の様子に男は目を瞑り、これもまた恐ろしい人物だ、とだけ呟いた。

(´・ω・`)「そもそもあなたの行動パターンは二年前に把握していた訳ですよ。あなたと恋人ごっこをする以前に散々付き纏っていたでしょう」

ξ゚⊿゚)ξ「ええ、そうね」

(´・ω・`)「で、あるなら……あなたをどこからでも監視出来ますよね。例えばよくいくコンビニだとか。あなたの行動する時間帯だとかも把握出来ますよね」

ξ゚⊿゚)ξ「……そうでしょうねぇ」

(´・ω・`)「それも気取られないように、時には誰かを都合のよい風に使ったり、ね」

0080以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:44:26.191ID:ySNMbRfK0
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ξ゚⊿゚)ξ「まあ……出来ちゃうんでしょうね。周りには別れを告げられたとはいえ未だに御執心な男共もいるし人員に不足はないでしょうね」

(´・ω・`)「……つまり、そういうことですよ。それが二年もの間、あなたと彼女の周りで起こり続けていた訳です」

そう言われた私は、やはり特に反応もせず、飲み干した容器を手に取り、適当に観察するくらいなものだった。
そんな私の様子に彼はやはりというか、諦めたように首を振るだけで、結果的に私に対するこの報告に意味はなかったのだと悟った様子だった。

(´・ω・`)「……恐ろしいと感じたりはしないのですか?」

ξ゚⊿゚)ξ「何を?」

(´・ω・`)「彼女を」

寄越された質問に私は少しばかり口を閉ざすが、天を見上げ、次いで視線を横へとそらし、窓辺から見える外の景色を捉えると小さく微笑む。

ξ゚⊿゚)ξ「そんな獰猛な様こそがいいんじゃないのかしらね」

(´・ω・`)「獰猛、ですか」

ξ゚⊿゚)ξ「ええ。まるで獣ではないの。己の持ち得るもの全てを利用してでも是が非でも手に入れんとするその必死さって、ある意味羨ましいでしょう」

(´・ω・`)「……その気持ちが、我々には足りなかったのでしょうかね」

ξ゚⊿゚)ξ「どうかしらね。少なくとも二年前に私はあなたに言ったわよ。己の心に従えばいいと、是が非でも手に入れんとするなら他者の意思すら粉砕しろと」

私は立ち上がる。外の景色に視線をやった時、そこには見知った人物がいた。
今日の予定を告げた覚えはなかったが、どうやら告げるまでもなく、その人物は全てを理解し掌握しているらしい。
その手練れの様に自然と笑ってしまうのは、呆れが礼にくるというか、言い換えるなら天晴とでもするか。
つまり、誰もがその人物には敵わないという訳で、私は男への興味が完全に失せると背を向ける。

0081以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:46:46.278ID:ySNMbRfK0
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(´・ω・`)「結局、あなたには勝てなかったのですね、我々は」

ξ゚⊿゚)ξ「これは勝ち負けの話しだったのかしら」

(´・ω・`)「違いますか?」

ξ゚⊿゚)ξ「ええ、残念ながらに」

縋るような声の調子だった。既に興味は失せていたが、私は最後の言葉として彼へと振り返る。

ξ゚⊿゚)ξ「トロッコ問題だろうと崖に掴まる妻や母だろうと、選択の余地はたったの一つだと決めつけるその欲の薄さが答えよ。
      死者は必ず出るのではないのよ。失いたくないというのいならトロッコをぶち壊し崖に掴まる人物全員の腕を掴んで引き揚げなさいな。
      用意された当たり前や普通や答えだなんてものに頷くばかりの人生なら、そこが限界の際だわね」

(´・ω・`)「……現代人らしからぬ、理想主義者の言葉ですね」

ξ-⊿゚)ξ「そう思う程度だからその程度でしかないのよ。それではさようなら」

答えを体現した人物に振られるのだから、やはり彼やその他の取り巻き共に彼女を完全には理解出来まい。
別に私だって完全な理解をしている訳ではない。結局のところ同じ人間という生き物なだけで彼女と私は他人だ。
だが、彼女は本物の蝶になったという、その事実だけが重要であり、彼等は溢れる程の火炎を前にして羽を焼き尽くされて終わっただけの話しだ。

ξ゚⊿゚)ξ(彼女を殺してでも独占すりゃよかったのに)

独占や支配の行き着く最終形態は死だ。その人物の持つ心や精神どころか意思の全てを破壊し単一の無機物にしてしまえばそれで完了となる。
それが目指すべきエンドロールかと問われたらば否と言わざるを得ないが、この世の中にはそうでもしなければ手に入れられない人物もいる。
何もかもを燃やし尽くしてでも目的を完遂する為に行動する人物を我が物にせんとするならば、やはり命の一つや二つくらいは奪わなければ太刀打ち出来やしない。

ξ-⊿-)ξ(普通とかいう言葉の柵は、世の均衡を保つための言葉なのでしょうね)

理解できないままでいた私は一つの学習としてそれを受け入れた。
成程、人間社会において普通という言葉の真なる意味というのはセーフティであり、安全策なのだろう。
その言葉は呪いに等しいが、その呪いがあるが故に千差万別の世は成り立ち、一見機能していないと思われる道徳倫理というのは自衛の為の盾でもあり剣なのだろう。
何せ人間は皆が違う生き物だから、誰もが皆強い訳ではないし数多の壁を乗り越えていける訳でもない。

ξ゚⊿゚)ξ(意外とよく出来てんなー……いやはや人間様の叡智とやらは誠に恐れ入るわね)

0082以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:49:38.992ID:ySNMbRfK0
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それでもその枠組みから逸れる人間だっている。犯罪がその最たるものだが、それとはまた別に、己の魂のみが絶対の掟とする社会不適合者がいる。
私はそれだ。どれだけ理解や納得が出来ても、やはり私にとってして先の男やその他の人物たちの不出来な様には共感が出来ないでいる。
結果的に支配されたのは彼等であり、結末と言えば敗北だとかと現状を勘違いするくらいに自分本位な連中だった。
そこに本質はない。本質は彼女の心の裡に触れ、理解出来たかどうかが全てだ。

ξ゚⊿゚)ξ-~「とは言え……理解しようにも、それを手懐け己の意のままに出来るかどうかはまた別の問題なんだけどもね」

私は外に出ると同時に煙草を咥える。
空にはどんよりとした雲がある。それがゆっくりと流れていて、微かに香る雨のニオイに私は面を顰めつつも火を灯した。
相も変わらず若い男や女の行き交う洒落た通りだった。だが私が紫煙を燻らせるとそれだけで道は開ける。
私は開けた道を歩む。そう遠くない位置に一人の人物がいる。先の店内からその姿を確認した時、既に私の興味はその人物にしか向かわなかった。
誰もがその人物を見ている。通りすがるその時に、ふと視線を泳がせた時に、なんとなし振り向いた時に、各々の状況は数あれど、一度でも視界に入ればその美貌に見惚れる。
そんな人物は嬉しそうに笑いながら私を見つめている。私は笑みを返さない。だが迷いのない足取りのままにその人物へと歩み寄り、紫煙を振りまき景色を往く。

ξ゚⊿゚)ξ-~「こんなとこで何やってんのよ、あんたは」

ζ(^ー^*ζ「ふふーぅ、さて何でしょうね? 元カレと密会している彼女さんをつけまわしてみたりとか?」

彼女は笑う。紫煙を纏う私の胸の中へとやってきて、誰の目があろうとも気にせずに強く抱きしめてくる。
梅雨の午後の往来で恥じらいもなく、けれども私も彼女も数多の存在を気にするでもなく、いつものままに、当たり前のように言葉を交わす。

ξ゚⊿゚)ξ-~「要らん世話だわよ。大した話しでもなかったし」

ζ(゚ー゚*ζ「えー? どうせ恨み言でも寄越されたんでしょ? ぼくたちのデレちゃんをかえせー、とか」

ξ-⊿゚)ξ-~「いやいや、そこまで腐ってはなかったわよ。なんか知らんけど負けたらしいわよ、私に」

ζ(゚ー゚*ζ「……? 何か勝負でもしてたの?」

ξ-⊿-)ξ-~「さあ、さっぱり理解できなかったわ」

私は彼女と歩き始める。あの二年前の夜を越え、梅雨の曇り空の下をいつものように、当たり前のように歩き始める。
私は彼女に悪女だと言った。彼女はそれに対して仕方がないと言った。
手慣れたように、当たり前のように、私が限界まで落ちたあのブルースの宵闇に現れるべくして現れたように、彼女は己の所業を仕方がないで済ませた。

ξ-⊿゚)ξ-~(それはきっと自然なことなのよ。炎に羽虫が集うのと同じく、己が羽を燃やしてでもより近付き我が手にせんとするなら、きっと、それは自然なのだわ)

全ては御都合のままではない。二年前のあの夜から彼女の全霊を賭した思惑は始まっていた。
先の男に告げられた内容の全ては凡そのところで想像出来ていた。ほぼほぼ的中していたが故に驚愕もなく、また、特に感想も抱かなかった。

0083以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:51:45.722ID:ySNMbRfK0
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だってあまりにも不自然過ぎる。
どれだけこの世に都合のよいことはあれど、あの時程に彼女が望んだであろう最高の状況はありはしなかった筈だ。

二年の間、私に一切接近しなかった理由は単純なものだろう。
私を限界まで疲弊させて、散々なまでに罪悪感を抱かせて、その重みに耐えきれずいよいよ膝を折る――そんな折りに出くわせば流石の私だって陥落する。

何せ求め続けていたからだ。何せその為に部屋の扉の鍵を開けっ放しにしていたからだ。

色気のないコンビニというのも拍車をかける。
日常のありふれたシーンこそが過去に体験した思い出の数々を蘇らせる。
追憶の中に希望すら抱き、それが実現すればと願いもする。

してやられた、というべきだろう。
けど彼女は仕方がないで済ませ、いつものように無邪気に笑うのだから、最早私には抗うことなど出来ないしそんな意思すら生まれない。

ξ゚⊿゚)ξ-~「いずれ私も燃やし尽くされるのかしらね」

ζ(゚ー゚*ζ「そうなればどっこいどっこいじゃない? 何せここまでさせる程に私は燃やし尽くされた訳ですからねぇ」

ξ゚⊿゚)ξ-~「お互いさまって訳?」

ζ(゚ー゚*ζ「いやぁ、それはどうかな? 少なからず私の方が遥かにツンちゃんを愛してるし」

ξ;゚⊿゚)ξ-~「何そのガキみたいな台詞、恥ずかしくないの?」

ζ(゚ー゚*ζ「別に~? 結果的に欲しかったものは手に入れたから恥じも糞も気にしませーん」

まるで子供のままに彼女は駆け出して私の先をいく。

ζ(゚ー゚*ζ「あ! ツンちゃん、雨降ってきたよ!」

そんな時、灰色の空から雨が降ってくる。
小さな水滴がまばらに宙を舞い、勢いは弱いにせよ、それらは私たちへと降り注いでいく。
次第にその威力は強まるだろう。ゆるやかな風に紫煙が攫われ、その風の往く先に立つ彼女を見つめる。

0084以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:52:31.682ID:ySNMbRfK0
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ζ(゚ー゚*ζ「……やっぱりね、このニオイだなぁ」

ξ゚⊿゚)ξ-~「ん?」

ζ(゚ー゚*ζ「好きなんだ、このニオイ。雨とくっさい煙草のニオイ」

ξ;-⊿゚)ξ-~「臭いのに好きって何よ、妙な感性してるわね」

ζ(゚ー゚*ζ「いやぁ、だって嗅ぎなれたニオイだもん。ツンちゃんのニオイそのものじゃん? 雨と煙草と湿気た空気がさ、ツンちゃんの部屋であり、ツンちゃんそのものだもの」

だから大好きなんだ、と彼女は言う。
次第に雨が強まり、私は咥えている煙草を強く吸い、煙を喫みこむ。

ξ゚⊿゚)ξ-~「そんなにいいニオイじゃないでしょうよ。例え私のニオイだっつってもさ」

ζ(゚ー゚*ζ「そうかなぁ? 私は凄く好きだよ。だってさぁ」

彼女はそこで一度言葉を切る。

0085以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:53:04.832ID:ySNMbRfK0
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ζ(゚ー゚*ζ「ツンちゃん以外の全部がいなくなるじゃない。このニオイの中だけはツンちゃんと私しかいないじゃない?」





ξ゚⊿゚)ξ-~「…………」









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0086以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:55:19.434ID:ySNMbRfK0
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例えば燃える火に照らされる羽虫の中に、蝶がいて、蛾もいたら。
私はその羽を燃やし、二度と飛べぬようにと出来たかもしれないのに。

陽の光は確かに火炎よりも温かく、朝になれば誰しもに居心地のよい世界を創り出してくれるだろう。
だがそこに居場所を必要としない人だっている。
私は私だけであればよかった。彼女は彼女のままでありたかった。
向かう先も目的も違えども、それでも私たちにとって、この紫煙の燻る灰色の世界こそ居心地がいい。

雨垂れの空を見上げて私は煙を吹かす。それと共にまろみを帯びた風が私を包み、いつものように私の境界線を作る。
そんな境界線の中に軽々と踏み入る彼女は、己のあるべき姿と生き方を実現せしめた麗しき蝶だろう。

身を焦がす程の火炎を裡に秘め、その温もりこそが陽よりも居心地のよいものだからこそ、私もまた、安心して背の羽を燃やし、己そのものが火炎となることが出来る。

私たちはもしかしたら、お互いを焦がし続けるだけの危うい関係性なのかもしれない。
互いは互いに温もりを見出し、憧れを抱き、愛しさを抱き、ないものを強請る子供の同士かもしれない。

それでも彼女は私を蝶と呼び、私も彼女を蝶と呼ぶだろう。
例え他者から見た時に蛾のような悍ましい色合いを放つ羽だとしても、それを蝶と呼ぶも何と呼ぶも全ては己の意思の次第の筈だ。
そうありたいと願い、そうあるべきと思い邁進するが故に私たちは燃え続け、羽を打ち鳴らし夜を越えていける。

ξ゚⊿゚)ξ-~「……まあなんにせよクサイもんはクサイって訳でしょ。そこばっかは否定してないし」

ζ(゚ー゚*ζ「まあねぇ。でもほら、皆散り散りになってお店に入ったりしてるじゃん? こんだけの都会なのにもう通りに人の数が少ない、すごーい!」

ξ゚⊿゚)ξ-~「そりゃ雨に濡れたがる人はいないでしょうよ。英国人じゃあるまいし」

ζ(゚д゚*ζ「あ、偏見だー! あんまり傘ささないらしいけど大雨になったら流石にさすらしいよ?」

ξ゚⊿゚)ξ-~「如何に恵みの雨だとか言っても、根本的に水に濡れっぱなしなんて多くの人が嫌がるってことだわね」

ζ(゚ー゚*ζ「けど居心地いいけどなー……どうせだしこのまま雨デートしよ? 折角の休日だしさ!」

ξ゚⊿゚)ξ-~「しかしそうは問屋が卸さんのよ。何せ我々は最大の過ちを犯したからね」

ζ(゚ー゚*ζ「え?」

ξ゚⊿゚)ξ-~「今日、大量の洗濯物したでしょうがよ。そんでこの雨だわよ。もっと強くなることを考えてみなさいな」

ζ(゚ー゚;ζ「……こりゃてーへんだぁー! 急いで帰らなきゃだよ、ツンちゃん!」

ξ-⊿゚)ξ-~「ええそうよ、こんなところでのんびりしている暇はないって訳なのよ。だから……」

0087以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:55:41.879ID:ySNMbRfK0
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私は彼女の手を掴む。

雨の中、いつものように、毎度のように。

紫煙を纏いそれを燻らせながらに。

私たちが私たちであることを確認するように。




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0088以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:56:09.750ID:ySNMbRfK0
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ξ゚ー゚)ξ-~「家に帰るわよ……デレ」






ζ(゚ヮ゚*ζ「っ……うん!!」







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0089以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:56:38.000ID:ySNMbRfK0
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彼女と共に私は歩いていく。

いつものように、毎度のように。

雨の中、火炎を抱き、それを揺らめかせながら。

背の羽が濡れてしまわぬように、身を寄せ合いながらに。

私たちは寄り添い、歩いていく。






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0090以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:57:22.067ID:ySNMbRfK0
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   終





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0091◆hrDcI3XtP. 2022/09/13(火) 19:57:49.076ID:ySNMbRfK0
久々のVIPはよーござんした
んじゃまた夏に

0092以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 19:58:28.571ID:sJZ/ZFOt0
乙レズツン

0093以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 20:03:02.928ID:CJioe9G/a
ブーン系とかまだ生きてたのか
おつ

0094以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 20:08:37.247ID:XMdknO0q0
普段はしたらばで活動してるみたいだな

0095以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします2022/09/13(火) 20:29:51.458ID:bBJ2DiHj0
おつ!

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