それは僕が学校の屋上でらっきょうのモノマネをしながら開脚前転をしていた時のことだった。
「あら、あなたは世界で一番美しいシンデレラじゃないの」
「いや、私よりもあなたの方が数倍美しいですよ」
「そんなことないわ、あなたの方が」
「いや、あなたが」
「じゃあ私が」
「どうぞどうぞ」
 そんなこんなで中年になった僕は、コレステロールの増加に悩まされていた。
「シンデレラ、夜中までにこの靴を磨いておくこと。あと痩せること」
「はい」
 シンデレラは静かに呪いの魔法をかけた。
「ぎゃーす」
 呪いをかけられた魔女は、カボチャになってしまった。
 僕は呪いをかけられていないのに、カボチャになりつつある。
「人を呪わば、穴二つっていうじゃない?」
「うん」
「あなたが掘ってちょうだい」
「君を?」
「穴を」
「はい」
 というわけで、「やまとなでしこ」の再放送を見逃した僕は、松嶋菜々子の巨乳ポスターをメルカリで落札し、ことなきを得た。
「なーんちゃって」
「あはは」
 こうして僕たちの夏休みは終わった。
 一日の労働時間は法律で厳しく決められている。
 天国にあるトイレの張り紙みたいに。
「というわけなんだ」
「なるほど」
 僕が聞く限り、その話は90パーセント嘘だった。
 嘘というか、真実味を欠いていた。
 夜空に輝く、あの三日月みたいに。
「はい?」
「隣の生垣に、塀ができたんだって」
「え?」
「いや、だから、隣の生垣に、塀がね」
「草」
「そこは、へぇ、じゃないのかい」
「ええじゃないか運動」
 それはかつて日本の史実に存在した、謎の運動である。
 僕は手の甲にワセリンを塗り、白い綿の手袋をして眠った。
「あぁ、僕たちの世界は、今日も呪われている」
「明日の朝、10時に起きて、あたしは歯磨きをしますように」
「願い事かい?」
「うん」
「願わくば」
 と僕は急にフォルテシモで言った。
「世界に存在するすべての概念が消滅しますように」
「それはつまり」
 そこまで言いかけて、彼女は消滅した。
「主観的な解釈が消滅するということさ」
 ワナビスレ、と僕は心の底から眠そうな声で言った。
 フルーツポンチを食べながら、君は嬉しそうに笑う。
 世界中に存在する、すべての針葉樹が紅葉してしまう魔法みたいに。