本質的に愚かな人が心理学や哲学を学んでも賢くなれない
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例えば人工無能に何テラのデータを入力しても人工無能はそのデータを有効活用できない
それどころか子供に火を与えると火事を起こすように却ってより大きく間違える 人が自分の知らない事を理解しようともしないこととは違うの? >>2
早い話哲学ってのは自然言語によるものだが単に人間の心や世界の普遍的な法則を人間の言葉にしただけだからそもそも心が鈍いと理解できないし構築できない 国語を学んでも面白い文章が書けるようになるわけじゃないからな 知ろうとしない人は自ら自分の可能性を狭めているって事でいいかな? >>6
絶滅、死、苦痛などに至る行為を間違いと言った
ただし命を得るためには一時的な苦痛に耐えなければならないことは認める
しかし全ての苦痛が良い報酬に繋がっているわけではない
人生は徒労が多い
>>7
人は好き好んで自分に有害な物事を手に取ることがある
その結果は死や滅亡や絶滅である
これを防ぐためにはまず間違っているものを良いものと呼称しないようにしなければならない
何が良いのか悪いのかを知るには自分の心に聞くのがもっとも賢い選択だ
心こそがもっとも賢い存在だからだ
心の声に耳を貸さない人は自然と滅びる
良い以外の全ては悪いのだからランダムにサイコロを振れば悪いが出る可能性のほうが圧倒的に高い 愚かな人間が哲学を学んでも絶滅、死、苦痛に到ることは稀じゃないか?
愚かな人間とは心が鈍く、賢くなれないだけだろう
賢い人間に徒労がないのかは知らんが、悩みのない人生は存在しえないと俺は思ってる
つまり愚かな人間が哲学を学んでも賢くはなれないかもしれないが、学ぶことに反対する理由はない
愚かな人間がもっと学ぶべきことがあるという話ならまた別だと思うが >>8
心が鈍い人間は心理学や哲学を学んでも他人を騙すことや扇動に使ったり自分のエゴの肯定に使うだけでろくなことをしない
そんな事をするような人は最後には自分自身をも滅ぼす
ブラックホールの寿命は長いが最後には蒸発して消える
虚しいものだ >>10
それについては俺も答えは知らない
例えばサイコパスが居て、彼がただ機械的に生きている間良いことだけをしたとしても良心がないからには幸福は感じないだろう
しかし死んだあとに霊魂になった時にもしかすると生前の行いを思い出し幸せに満たされるかもしれない
つまりサイコパスであったというのは単に脳の障害であり死んだら肉体から開放され心ある存在になれるのではないかという仮説だ
それを否定する事はできない
ただ例えば誰かを助ける為に自分の命を変わりに犠牲にするというような究極の善行をするためには普通は理屈ではなく心の命令に従って行う訳だからそもそもサイコパスがそんなことをできるのかかなり疑問ではある 精神医学が基本
でないと特に哲学なんて中二病の妄想そのものにしかならん >>12
愚かな人とは心の鈍い人のことであり、サイコパスのこと指しているという理解でよろしいか? というより人間はそもそも統失の猿なわけで
ゆえに精神医学的なアプローチが必須なのだ >>14
サイコパスに完全に詳しい訳じゃないから全てのサイコパスが例外なく愚かであると言い切れるのか分からないが基本的にそういうことだよ
なぜ慎重なのかといえばそもそもサイコパスがなぜ生まれてくるのか分からないからだよ
神の視点でみて彼らが自業自得なのか被害者なのか分からない
それを言えばサイコパスに限らず神の視点で誰が天国に行き誰が地獄に行くのかってのは俺には分からないけどね いやサイコパスは反社会性パーソナリティ障害と言われるが
そもそもそれ以前に社会というのが統失の猿が妄想している物である事が問題 >>13
君をサイコパスと呼ぶ訳じゃないけどただ君みたいにそういう風に言い出す人こそ心理学や精神医学や哲学などを学ぶべきではないって話だよ
なぜなら人生なんて一人一人目的が違う訳じゃないか
大きく見ても2つある
つまり先にいい思いができれば後はどうでもいいって人と後でいい思いができれば先に苦労しても構わないって人
それなのに哲学を妄想だって言って切り捨てるのは不誠実じゃないか
不誠実な事をしても君の為にならないし相手のためにもならない
もっとも言ってる本人からしてデタラメを言ってる自覚が内心あるなら実際哲学ではなくただの妄想だけどね ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています