俳句の良さが全然分からない
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欧米圏の“詩”を知らんから通用するクズみたいな文化だよ
どちらにも触れてみれば俳句がいかにくだらないかわかる
絶対的な情報量が少ないのに伝わるものや得るものがあると思うなよ カジノゲームと日本の博打の差くらいの質の差がある
日本は絶対的に劣っている >>6
100%同意↓
桑原武夫の「第二芸術」論をどう思いますか。
彼は俳句(特に現代俳句を言う)を「第二芸術」と呼び、芸術性の低さを論じます。具体例として有名俳人の句と市井のシロウト俳人の句をあわせて15句あげ、それらの間に優劣もなければ、そもそも作者名を付さないと見分けすらつかないことを喝破します。
つまり、俳句は作品それ自体での作者の地位は決定できないのだから、俳人の地位は弟子の多少とか、主宰する雑誌の発行部数などの俗世界の評価によって決定される、というわけです。こういう俳句そのものの持つ性質の結果、党派・派閥を組んで古い権威(特に芭蕉)を尊重し、先人神秘化をやめられない俳句は堕落し、単なる慰戯(ひまつぶしの道具)と化した――。だから、俳句界は率直に俳句の慰戯性を自覚せよ、というのです。
悲しいことに、俳句界はこの論に真正面から反論できませんでした。 まず最近の俳句は575じゃないからダメ
平然と676とかでも賞とって適当すぎ おーいお茶の俳句な
あれが俳句の【本質】だ
深みもなにもない単なる言葉遊び 自由律は要求されるセンスがハイレベルすぎて流行らないんだよな >>2
比べるのがおかしいんじゃない?
そもそも2の頭がおかしそう ソネット好きだけど俳句もいいと思うよ
そんなにプンプンすんなよ 【※※※大事なことなので何度も言います※※※】
欧米圏の“詩”を知らんから通用するクズみたいな文化だよ
どちらにも触れてみれば俳句がいかにくだらないかわかる
絶対的な情報量が少ないのに伝わるものや得るものがあると思うなよ >>14
長歌や短歌が七五調(CDもラジオもなかった時代に共有できるメロディ)に合わせた律詩で、俳句はその一部を雰囲気で切り取ってパロる遊びだからな
顔芸とか抑揚とかなしの文字だけだと伝わりにくいんだろ 俳句の良さって5・7・5っていう文章のリズムの耳障りの良さ一点だけだからな
芸人のリズムネタと一緒 >>17
五行律詩と長歌なら長歌の方が(大抵は)情報量多いけど 無季俳句とか自由律俳句とか俳句のルールを無視するのに俳句を名乗りたがるのは何なん? >>24
日本人が知ってるフレーズ遊びが「ハイク」だったから
スペースオペラもホースオペラもオペラじゃないでしょ >>20
耳障りの良さなんて言ってる奴が言葉の表現について語るの? 松尾芭蕉と小梅太夫に優劣は無い
松尾芭蕉が傑物なら小梅太夫も傑物だし
俳句には芸術としての価値が無い、ただの遊びだと言うなら小梅太夫と松尾芭蕉はまったく互角の存在 天津のアキバ系じゃないほうから見たらどっちもお遊びだしな ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています