女から金を搾取すべし
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タクシーの運ちゃんから聞いた話ですが、ある日の深夜、池袋駅近くで、その小型タクシーを止めた青年があった。一見品の良い大人しそうな青年だが、とめておきながら、乗らないでうじうじしている。
「どうしたんです。旦那」 「イヤ、今お金を全然持っていないんだけど、家へかえって払えばいいだろうか」
運ちゃんはその正直さにおどろきました。一文も持たなくても大きな顔をして乗って、着いてから家の中へ駆け込んで金を持って来る客は、深夜にはめずらしくないのに、わざわざ断わるとはよほど正直だ。 受容あったら書く
あとWi-Fi使ってないからID変わるけどそれっぽい話してたら1
スクリプトではない それに、しょんぼりはしているが、身なりもわるくないので、運ちゃんは好意を持って
「さ、お乗んなさいお乗んなさい」
と乗せました。乗せると、中野まで、というので距離から言って悪い客ではない。しかし、車が走っているあいだ、青年は物思いにふけって、一言も言葉を交わしませんでした。 車は夜ふけの中野駅前をとおって、右折左折して、やっと一軒の家の前にとまりました。 メートルは三百三十円でした。
「金を取ってくるから」
と青年は玄関の戸を叩いた。戸ががらりとあいて若い女がすごい形相であらわれた。 「あなた! 今までどこをうろうろ、ほっつき歩いていたの」
「タクシー代を出してくれ。 三百三十円なんだ」
「そんなもの出せませんよ。夜おそくまで遊び歩いて、その上贅沢にタクシーになんか乗って来るなんて。絶対に出せません」
「だって運転手さんに悪いじゃないか」
「 とにかくそんなお金は出せません」 青年はすごすご車にかえると、又思いあぐねたようにシートに身を埋めた。一部始終をきいている運ちゃんは、気の毒で、言葉もかけられない。すると突然青年は、
「鶯谷まで行ってくれ」
と言い出しました。 「えっ」
と運ちゃんはおどろいて、
「あんた、お金もないのに、これから鶯谷まで行ってどうするんです」
「いいんだ。そこまで行けば払えるから」
「どうして?」
青年は小さな声で答えました。
「鶯谷には、おふくろが住んでるんだから」 ――これには、運ちゃんもダアとなりました。敵がこう弱気では、直接交渉で行くほかない、
と思い直した運ちゃんは、
「私に委せておおきなさい」
と言い捨てて、車を下り、気の強い細君に直談判と出かけました。
「奥さん、そんなことを言っても、私の立場もありますから、払ってくださいよ」
「払えないものは払えません」 「まあ、そう言わずに、何とか」
「うるさい人ね。私に断わりなしにタクシーなんか乗りまわして、どうして私が払わなければいけないの」
細君は押問答の末にも、頑として払いませんでした。とうとう諦めた運ちゃんは、それでもなかなかの人情家で、車から青年を下ろしてやると、名刺を渡して、
「いいですか。お客さんを信用して、事情をお察しして、こう言うんですが、これが私のタク シー会社の所番地です。 あしたは朝十一時から午後一時まで、私はここにいますから、ぜひ代 金を払いに来て下さい」
「はい」
青年は力なく答えました。 しかしあくる日、青年は指定の時刻に、ちゃんと三百三十円を持参して、さんざんお礼を言ってかえって行ったそうです。
何と皆さん、悲しい話ではありませんか。
男性の威厳もこれで形なしです。三百三十円がなかったばかりに、男の体面丸つぶれとは情けない。 私にはこの三百三十円という値段は実に象徴的に思える。アメリカの金に直せば一弗以下で ある。現代の日本女性は、わずか一弗で、男の顔を張ることができるのである。
一体現代社会で男性とは何ぞやということになると、身の丈六尺ちかく筋骨隆々、というのが男性というわけではない。こういう場合に三百三十円持っている男のことです。 さて、推測するに、右の青年の例では、彼の一家の家計は、彼の稼いで来た金でまかなわれているのでしょう。もし細君の稼いだ金で暮しを立てているのだったら、女はあんな態度に出ることはまずありません。この青年は、彼の稼いで来る金が、細君の夢を養うことはおろか、一家の生計を維持するにもかつかつなのに、タクシーに乗ったりする贅沢を敢てしたの 細君を怒らせてしまったのでしょう。そしてそれは現代の男性の絶対多数の生活の実態で あります。
そこに多分まちがいがある。 女のヒモになっている不良青年は、もっと正々堂々と金を要求し、引っさらって行きます。 性的主権と経済的主権を、共に握ることは男性のかわらぬ夢ですが、この考えがまちがっていはしないか。資格もないのに両方握ろうとするから、女性にバカにされるのである。実際は性的に女性を征服するなどというのはバカげた妄想で、女というものは、特殊な条件でなければ、そういう男性の妄想に屈服しません。要はそういう特殊な条件を創造することにかかっている、と私は考える。 現代の大多数の女性は、経済的主権のあやふやな男性に対しては、たとえ性的満足を彼から得ていても、彼の性的主権というものを心底みとめていない傾きがある。しかも男はあやふやなまま両方握ろうとするから、さっきの青年のような恥をかくのです。 ヒモはちがいます。ヒモは経済的主権などは屈のごときものと思っていて、そんなものを握 ろうともせず、金は女が作って持って来るものだと考えている。経済的主権を全く持たぬのみかそれを軽蔑している男を仰ぎ見て、女は性的主権を喜んで捧げるのです。彼は彼女には、性の権化、男性の権化に見えてくる。威張り返って金を搾取する男に、彼女たちは征服されたよ うに感じる。なぜなら彼の主権には何らあやふやなものがないからだ。 女はあやふやなものに敏感です。あやふやなものを嗅ぎつけると、すぐバカにしてかかります。経済的主権のあやふやな、現代の大多数の若い男性は、同時に、その性的主権もあやふやなものと見られつつある。これこそは男性の危機なのである。 キューバの首都ハバナの青年たちは、アメリカのオールド・ミスの旅行者と見ると、口笛を吹いて彼らの存在を知らせ、女に連れられてホテルに泊り、朝なにがしの金をもらって意気 揚々とかえってくる。こういう青年たちを毎晩とりかえ、一ヵ月に三十人の男を知ってかえってきた或るタイピストの話をきいたことがある。そしてアメリカにかえると、このタイピスト嬢は、多分同じ勤め人の青年と結婚するだろうが、一生のあいだ、彼女は多分、自分の良人に真の性的主権をみとめず、ハバナの青年たちに、力強い性的主権の夢を託することはほぼ確実である。 何故ならアメリカでは、亭主の月給でほそぼそと暮さなければならないが、 ハバナでは、金を払ったのは彼女だったのです。 私の月並な教訓は、一生大した収入ももてそうもない青年は、経済力のある稼ぎ手の女性と結婚して、せめて自分の性的主権を、男性的威厳を確保すべきだ、ということです。 悪くなかったと思う
どんな暴論でも持論をしっかり展開してくれる人は好きだわ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています