江戸時代で商売始めても確実に売れる現代の商品
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ゆかり
シソは一度植えると勝手に増えるで有名でビジネス的にも効率的だし
異様に米ばっかり食べてた当時の人にはゆかりの味はたまらんはず >>2
だろ?
乾燥させれば保存も効くし軽くて持ち歩ける ヨーロッパの黒胡椒のような存在になったかもしれんな 俺が煽ったら絶対ゆかりブーム起こせるもん
ヨーロッパで胡椒流行ったのと同じだよ
飯にゆかりたまんねー!って絶対なる 作り方
梅酢に漬けておいた紫蘇は、よく広げて天日で3日間程干します。
乾燥した紫蘇は30秒づつレンジにかけ、パリパリになるまで乾かします。
ミキサーかすり鉢ですり、紫蘇を粉々にし、最後に塩をお好みの量入れれば完成です。
ビンなどに入れ、湿気ないように保存してください。
これ当時でも思い立ってからすぐに生産工場起こせるな
梅酢必須だから和歌山まで行くのか…きっつ… >>7
火打ち石と付け木が庶民の火起こし道具だからそこまで広まらないだろうな どう考えてもソーラーパネルと風力発電機と波力発電機と冷蔵庫だろ 肉鍋かなあ
牛馬は食わずに処分してたみたいだし
商品化の余地大きいだろう
しばらくゲテモノの扱いだろうけど 江戸時代にメガネってあったのかな
メガネ作っちゃおう プラスチックのタッパーとか
いやプラなんでも売れそうだな >>23
現代ほど一般的ではないがメガネもあったぞ 下手に高度なもの持ち込んで伴天連とか言われたら終わりじゃね? 紫蘇がどこで手に入るかわからんがうちの近所たと住宅街のコンクリの隙間に生えてるからあるとこにはあるだろうから
とりあえず梅酢目当てで和歌山に行って梅干し農家の信頼を得つつ紫蘇あるとこ知らんか聞き歩いてゲット
直に植えとくだけで増えるらしいから試しに畑作って成功したら製法を広めて領主に献上して「これうま!」と思わせつつ「江戸で売って紀州藩に利益をもたらしますよ」と媚びを売りまくる >>31
じゃあ大麦だけでビールもどきでいいや
不味いのかな 特許もない時代に誰でもできるような簡単なものじゃすぐ真似されて儲からなくなるぞ 農家の人に正条植教えたい
あと鉱山にはレールを敷きたい >>31
北の方に自生してなかった?それがきっかけで国産ビール作り始めてたような >>35
儲けにならなくてもいいじゃん
資本主義の時代じゃないんだから自分の飯になってるだけでいい >>35
味の決め手の梅酢が紀州藩でしか手に入らない >>38
儲ける話考えてんのかと思ったけど違うのか 梅干し作る段階、梅に塩まぶして重しをして放置して出た水分が梅酢だからわざわざ紀州まで行かなくも良い
塩分の入ってない梅酢…を言ってるならすまん 梅の名産地は江戸時代から和歌山の南部
海も近いので塩も容易に手に入るから梅干しが生まれて副産物の梅酢も出来る
そして暖かい地域で年間の日照時間も長いから紫蘇の乾燥にも適している
ゆかりをつくるなら紀州しかない 昔の梅干し農家において梅酢がどんな扱いだったか気になる
産業廃棄物的な感じでこんなもん使い道あんの?みたいな感じだったら儲けもんだな
濃縮して大阪に持っていって水と砂糖で割って夏場のエナジードリンク的なものとして売ったらひやしあめの歴史を塗り替えるかもしれない >>42
これ読んでみるとそうでもなさそうだぞ
https://www.umekenkyuukai.org/knowledge/history.html
鎌倉時代にはお坊さんの酒のさかなとして利用され
この風潮はやがて、武家の食膳にも広がり、武士の出陣の際には、縁起をかついで必ず梅干しを食べた
戦国時代になると梅の効用はますます認められ、兵糧食として用いられた
江戸時代に入ると、貴族や武士だけでなく、庶民の食卓にも梅干しがのぼるように
江戸中期には、町なかでも加工品としての梅干しが売られるようになり、
梅干し売りが声をあげながら町を歩く姿は、冬の始まりを告げる風物詩となっていた
また、梅干しの紫蘇漬けが普及し始めたのもこの頃で、
ほかにも梅を砂糖漬けにした甘露梅など、多くの梅の漬け方がこの時代に生まれました。 >>53
江戸時代の浪人はベトナムに渡って日本人街を作ってたぞ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています