昔の音楽雑誌ってミュージシャンの批判ばかり書いてあったよね
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それを読んで楽しんでる層が分厚く存在しているから芸として成り立ってた
おそらくライターも読者の多くもミュージシャンとして食えなかった人
ライターや批評家がしばしば売れてる音楽にたてつくのは、
「自分がやった音楽は売れなかったけど価値がある」と思い込んで
自己肯定してると同時に、作り手を批判してマウンティングして
ミュージシャンになれなかった劣等感をごまかしてる CD付いてたやつ買ってたよく思い出すとお菓子にまでCDついてるのにもあったようなそれ8cm じゃっぷには永遠に理解できないだろうけど欧米だとアーティストとジャーナリストや評論家は対等だからな
コンプレックスから批判する奴もいただろうけどゴミみたいな作品を出したら批判するのは当然のこと
洋楽では出来たが邦楽では圧力等でそれか出来ずに野放ししてしまったから日本のポピュラーミュージックは死んだ
浅井みたいにちょっと作品をけなされただけで書いたライターではなく編集長を呼び出し複数人でリンチする事件も起きたがその出版社の社長は抗議すらしなかった >>4
俺もすべての職は対等だと思うよ
考察や分析が得意なら批評家、作るのが得意なら作家って具合に
役割分担してるだけで違った役に立つし質や種類が違うから
上下という基準じゃ比較不可能 音楽雑誌とか普段読まないけどポエムっぽいこと書いてあるイメージ
実際音楽の批評なんて難しそうだし
ポピュラー音楽だったら尚更読んでて気持ち良くなれる文章ならそれでよさそう 批判するのが目的化してたり
批判内容が幼稚だったりする偉そうなライターが
個人的に嫌いだった
たとえば「宇多田ヒカルが、インタビュー行なった自分にため口だったから
性格が悪い」と書いてるライターがいたが
宇多田ヒカルは帰国子女で、敬語などが存在しない文化圏で育ったからじゃないのか >>6
スケール感だのなんだの一生懸命言葉にして説明しようとしてるけど
言葉で表現された時点で違うものにすり替わってる
音楽は言語化不可能な領域は多いんだよ 音楽史を俯瞰したり社会学と絡めて論じたら冷静に批評できそうだけどそれは読者が求めてないんじゃないか
まあ音楽そのものの批評は難しそうだけど、TikTokの流行により音楽のスタイルも変化して〜、みたいな批評は割と聞くかな 「面白いと感じた」「センスいい」みたいな感じ方は現代のどの技術を
使っても客観的な数値化、理論化ができないよ
脳内電位の変化を測ってわかることは「感じ方」そのものではない 悲しい音楽を聴いて悲しくなるのは、自分の中の悲しい気持ちが呼び起こされてるものなのか、それとも「これは悲しい音楽なんだ」と脳が判断しているだけなのか、という研究があって
最新の学説だと後者が正しいということになってるんだそうだ >>12
俺の感覚的にもそうだと思うよ
仲間の死なんか経験がなくて呼び起こすような体験が脳内にない子供でも
仲間が死ぬアニメで泣くからな ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています