1957年、スコットランドのグラスゴー市で、町のチンピラにアベックが殺される事件が起きた。2人は国立大学の薬学部に在籍し、卒業後には結婚する約束もしていた。
事件の夜は、2人ともバイトが終わった後、待ち合わせて一緒に帰る予定であった。
2人はバス停のある道に出るため大通りに出ようとしたところ、べろべろに酔っぱらった20代の若者3人が、大声で喚きながらこちらに来るのが見えた。
その3人連れは2人がこちらに向かって来るのに気がつくと、歩道にひろがって彼らの行く手をふさいだ。アベックは、車道に降りて彼らの横を急いで駆け抜けようとした。
しかし、男のひとりが彼女の髪を掴む。彼女が悲鳴をあげると、男は彼女の頭を鷲掴みにして引き倒す。彼氏が駆けよろうと近づいた次の瞬間、彼の頭を酒瓶の角で殴ったのである。
彼氏が膝をつくと、男はさらにその頭を数度殴り、とどめに頭頂部に渾身の一撃を加えた。酒瓶は割れ、彼は動かなくなった。男たちは怯えて動けない女性の両手足を担ぎあげて表通りまで運び、走ってくるバスの前に彼女を放り出した。
少年は脳挫傷で死亡。少女も全身多発性損傷のため死亡した。
警察は、逃げた3人の男を特定する捜査を始めたが、そのチンピラたちの人相風体ははっきりせず、バスの運転手も人を轢いたショックで犯人の特徴を気にする余裕もなかった。
目撃者も数人いたが、皆アベックの悲惨な姿にばかり目がいき、犯人については「騒々しくて、酔っ払いで、下品。だらしない服装」というありきたりの特徴しか覚えていなかった。
葬儀の日、喪服姿の長身の男が同席していた捜査員に近づいてきて、丁寧に自己紹介をしたあと
「弟殺しの捜査はどのくらい進展していますか」
と尋ねた。
彼は少年の兄で、シカゴ警察検死局の病理学者だと名乗った。
名前はドクターSと名乗り、
「実は、こちらに着いてからの4日間で独自の調査をした結果、犯人のひとりを発見したと思います。」
と話した。
その捜査結果に基づいて、3人のうち1人の内偵調査をした結果、他2人の身元もわかった。3人とも前科持ちの札付きのワルであった。
警察は3人を尋問し、事件当夜のアリバイについて問いただした。しかし、あらかじめ3人は口裏を合わせていたようで、辻褄の合わぬ部分のまったくない、パズルを合わせたようなぴったりした供述である。この不自然な完璧さに、捜査員は彼らの犯行を確信したが、アリバイがある限り釈放せざるを得なかった。
数日後、ドクターSはグラスゴー警察の上層部にかけあって、唯一の遺留品である酒瓶の調査を申し出た。この酒瓶は彼の弟を殴り殺した凶器だが、粉々に砕けていたため、手がかりにはならないと判断していた遺留品だ。
それからおよそ10日後、3人の容疑者の1人が、クライド川に死体になって浮かんでいた。死因は溺死で、死体には争った跡はなかった。
その3日後、アルコール中毒で容疑者の1人が死んだ。不振な点はなにもなかった。
さらに2日後、最後の1人が勤め先の食肉問屋の大型冷蔵庫で凍死していた。争った様子はなく事故死として処理された。
これで3人の容疑者すべてが死んだ。死因に不審なところはまったくない。しかし捜査員は、この連続死は、ドクターSの仕業であると考えた。
だが3つの死は完全な事故死であり、そこに疑いの余地はなかった。事件性がない死亡事件では捜査をはじめることはできない。
ドクターSは、次男の死による心痛で倒れた母親が回復するのを待ち、シカゴへ戻った。彼は彼なりの方法で完璧に事件を解決した。
捜査員は
「一切の手がかりを残さずに犯人たちを葬り去った犯罪者を賞賛するつもりは毛頭ありませんが、彼はその例外中の例外でしょう。」
と語った。