0001jc!ﾀﾞｵ
2022/01/16(日) 22:24:39.202ID:I/EaOJnN0男は行った時の最後の姿とひとつの間違いもなく同じ靴の裏から穴からやっと現れました。大きな物音ひとつ立てず、大きく逞しいその身体を不思議なくらいに実に器用に。その後ろでマントがしなやかに翻り、瞬時闇をはらいます。
「変わりはないか？」
二人の男の子はしばらく、よく勝手知ったるお互いの顔を見合わせました。
「ミト爺たちが、もどってきたんだって」
「酸の海近くでユパ様を待っています！」
真っ黒い水が今にも見えてきそうな少年の指さすはるかの酸の海にはしばらくかかります。人の目につきやすいがれきの岩場をそのまま上って行かなければなりません。ただ月夜といえど、深夜の外出をもう完全に禁止されているわけではありませんでした。ただ谷の大人たちが家を出て、あちこちからどこかに集まることだけは騒乱罪とされて、実は厳しく禁じられていました。
なにか幽霊の恐怖にあえぐように王城が震えて見えました。なにか地獄の霧間をむやみに美しい星が空に這い上がって死に物狂いで降りかかってくるような、そんな妙な夜に這うようにして黙って三人は岩場を上りました。その先の人一人通れる恐ろしい岩間の真っ黒な、居ても立っても居られないような忍び寄る闇にこらえてこえるとようやく、やはり真っ黒な、一種異様な力で惹きつけるようなどこまでも闇に溶け込むさざめく水面に対面しました。そこにあるのは奇怪な鋼鉄、その塊のあたかも角の生えた城。微かな月光以外には音もなく、それは毅然と闇にそびえていました。それはひどく痩せこけて、いつしか打ち捨てられ荒れ果てて修復不能なかつての船、あるいは窓ひとつのない、何か人らしい謙虚さこそを閉じ込めておく、牙を天に剥いたようなあわれな狂気の牢獄のよう。そこにじっと、谷の数人の民が不安と寒さに打ちひしがれた、それぞれカサカサで真っ黒な、なまぎれない大小さまざまな人間の顔と顔とを突き合わせ、声も希望もなく男を待っていました。
「わしらだけ、おめおめと戻って…」
「いや、無事で何よりだった…」
残念ながら今日はここまでです。
何らかんらで谷はそのあと何らかんら救われます。予言者のおばあさんもいます。脇を固める子供もいます。
「姫様、青い異国の服を着ているの」
「その者青き衣をまといて金色の野に降り立たん。おお、言い伝えは本当であった…！」
青い服の少女は微笑みながらなおも金の光の上を歩きます。生まれたばかりの天使のように。
おわり
