0001jc!ﾀﾞｵ
2022/01/08(土) 22:22:01.990ID:0331ky0d0そうして白いメーヴェは真っ暗な雲の中へと互いを殺し合う人々を後に残し、二つとない少女の心を綿々と残しながら侵入者とお互いのほかには誰にも知られず遂にひそかにその死の漂うような黒い大空へと瞬く間の内に駆り立てられました。纏わりつくような暗く濃い霧の中、一度エンジンを仕方なしに機動するとメーヴェはビリビリ振動しますがその浮上に力はなく、噴射光は恐ろしくなるほど何処にも届かず地獄のような銀世界でした。普段飛んだことのない果てない上空のその冷たく薄い空気が、ひしひしと心に恐れと不安を大きく育てて動かしがたく、少女は真っ青な滑らかな顔の瞼にもはや溜まる物言わぬ震える涙をまざまざと途方無い空に一人感じていました。慌ただしい出航は恐る恐る雲を抜け出ることででも一時思う存分青空を拝むことになりました。それは敵コルベットからは少女の一人駆るメーヴェを発見するに好都合である忌々しくも危険な航路でしたが、気圧のためにか心の弱さのゆえにか、ただいつの間にやらメーヴェはとうとうさらならる上空の青空を目指し翼を広げていました。
するとあざとくも遥か遠くから小さな少女の白い凧を見つけたらしく直ぐにもあからさまに、敵の急襲攻撃機はその行動の意志を示して早くもそのエンジンから火を噴きました。その接近は少女の想像よりは少し貪欲すぎて、そしてなし崩しのようで向う見ずに思えました。なんだか地獄でふざける小鬼のよう。
早速やはり、灰色の雲の分厚い壁に追い込まれたメーヴェは、唇の端をかみしめた少女とともにもはや神さまにお祈りするより他手はないようになりました。少女に今、敵の照準が迫ります。狂ったように、あるいは弄ぶように、目の前の獲物を前に残虐な殺人兵器は悪戯に無茶苦茶なめくら撃ちを開始します。それは鬼の悪戯に空が倒れて憤り、血のような火の雨を降らせるかのようでした。その過ちの絶望の青空の先に、少女はでも直ぐにまるで神さまの啓示のようなあまりにも鮮烈な救いの手を見出します。
「ミト…！ ミト！」
ガンシップでした。その頼もしい翼の上で一人の男が応えるように片手を天に突き上げました。
「姫様！」
天を切り裂くエンジン音。その刹那、一瞬のうちに大砲が火を噴いて少女のすぐ後方の醜い鉄の鬼が少しの声もなくその砕けた頭を垂れ始めて、次に血のように赤い、無限のような炎をまき散らしながら黒煙ととも悲痛にあえいで身もだえるように暗い雲の中へとあっさりそのまま、それっきりに没しました。実にあっけない、哀れな最期でした。
何らかんらで谷はそのあと何らかんら救われます。予言者のおばあさんもいます。脇を固める子供もいます。
「姫様、青い異国の服を着ているの」
「その者青き衣をまといて金色の野に降り立たん。おお、言い伝えは本当であった」
青い服の少女は微笑みながらなおも金の光の上を歩きます。生まれたばかりの天使のように。
おわり
