青い空に入道雲、そしてうずたかい正体しれない大きな岩。岩には不思議な溝がどれにも似たようにいくつもいくつも刻まれています。風に歌うような祭壇。砂丘にはそれだけがありました。
音もなくメーヴェが一度頂上に小さな影を落として、少女はそのまま素早く降り立ち待ち構える旅人の胸へと飛び込みます。
「ユパ様!」
「おお、ナウシ●! 見間違えたぞ」
顔を見合わせる二人。笑顔が輝くよう。
「一年半ぶりですもの。父も喜びます」
「礼を言わねばならぬ。良い風使いになったな」
「いいえ、父はまだまだだって…」
そこまで言うと、少女は旅人の腰元でなにかがうごめくのに気付いて不思議そうにしました。
「おお…! そうそう、こいつのことをすっかり忘れておった」
旅人はうろたえながら、腰の小物入れの蓋を開けます。
「まあ! キツネリス!」
「こいつが羽蟲にさらわれるのを、人の子と間違えてつい銃を使ってしまってな…」
小物入れからはかわいらしい小動物が元気に飛び出してきました。
「それであんなに王蟲が怒ったのね…」
威嚇するように鳴きながらナウシ●に飛び掛かるキツネリス。肩のところまで来るといよいよ恐ろし気に小さな牙を剥きます。
「気絶して負ったので毒を吸わなかったようだ。おい、チビとはいえ凶暴だ。気を付けてくれ…」
「おいで…、怖くない、怖くない…」
少女の肩の上で尚も威嚇する小動物。ついに少女の指に牙を立ててしまいます。少女は少し目を伏せて、そらしました。
「ウッ! 怖くない、怖くない…。ね、怖くないでしょ?」
キツネリスは目の色を変えると、わずかににじみ出る少女の指の血をゆっくり嘗めて頭を下げます。 
「おびえていただけなんだよね」
そういうと少女と一匹は輝く砂の上を舞台に仲良く踊るようにしました。
「ユパ様! この子、私にくださいな」
「お、おお、おお、それは構わんが…」
「ありがとう!」
不思議な力だ。旅人は舌を巻きました。すべての動物が彼女に心を開いていくよう。
「カイにクイ! 元気にしていた? 疲れたでしょ? いっぱい走って…」
二本足の二頭の馬も彼女になついて離れません。力強く口の中で愛情を示される少女はそのうちに笑いが止まらなくなってしまいました。
「皆に変わりはないか?」
そこで少女はゆっくり顔色を変えます。
「父が、父が…! 父はもう飛べません」
旅人は眉を顰めます。
「ジルが? 森の毒がもうそんなに…」
「はい。腐海のほとりに住むものの定めとか」
旅人は慰めるように少女の肩に手をやりました。
「もっと早くに訪れるべきであった」
「いいえ。本当によくお越しくださいました」
少女は無理に気を取り直します。まるで迫る死の影を振り払うよう。
「ユパ様、後でぜひ見てほしいものが______」

何らかんらで谷はそのあと何らかんら救われます。予言者のおばあさんもいます。脇を固める子供もいます。
「姫様、青い異国の服を着ているの」
「なんじ青い衣服をまといて金色の野に降り立たん。おお、言い伝えは本当であった」
青い服の少女は微笑みながらなおも金の光の上を歩きます。生まれたばかりの天使のように。

おわり