「くそっ!」

僕は持っていた端末を壁投げつけた。

「あーー!!あー!くそ!くそ!なんで死ぬことすら出来ないんだ!」

生きることが難しいからといって、生の対極が死とは限らない。

健人は昔、雄一という親友がいた。しかし、何か突発的な虚無感で僕はそいつのLINEを削除し、一切連絡を取れなくした。
もしかしたその時から僕の心は空白で穴が空いていたのかもしれない。塞がらないくらい大きな穴だ。

健人は高卒の後、働くのが怖いので職業訓練校に半年通った。渋々だが仕方なく工場で働くことになる。
しかし、母親は生活保護を申請するほど困窮しており、兄は税金を滞納していて口座が差し押さえられていたので健人は兄に10万円を渡す。
さらに困窮でガスが出ておらず、どんなに寒い季節でも水風呂に入っている。
本人は本人で無能なので仕事が出来ない。仕事中はミスを連発し、先輩に迷惑をかける。
さらに上司に怒られたショックで、会社の前の電柱に頭を打ち付けたり雪に顔を埋もれさせるなどの奇行に走り、そうやって自分を痛め付けることで自らを咎めている。

死ぬ勇気もなく、かと言って楽に死ぬ工夫もない。

ジリリリ…

健人はアラームに手を伸ばす。2度目の恍惚を覚えてからはあえて早めにアラームをかけることにしている。
っと言ったところでそもそも本人はほとんど寝てもいない。もはや、毎日2時間くらいの睡眠しかできていない。次の日の不安で睡眠どころでは無いのだ。

「はぁ、1日が始まった…」

朝のこの時間の動悸だけで一日のほとんどの体力を消耗している健人からとって、もはやここからの仕事など考えつくことも出来ない。
服を気崩しながら外に出る。チャリを跨り、音量を絞って自己投影ができるネガティブな曲を聴く。

自転車を駐輪場に留め、更衣室で着替える。

入社当初は更衣室に入るだけで「おはようございます」と言っていたが、今となれば小声ですらそれを言えなくなっている。

そしてここから仕事である。

仕事中は単純作業を繰り返すだけなので、カラになった脳内エミュレータにインプットしている創作小説の続きを入れていく。

そうやって行くうちに定時だ…。

「ごめん、2時間お願い!」

今日も2時間の残業だ。

「はい、分かりました…」

(2時間…2時間…2時間…2時間…2時間…2時間…2時間…)

親友まで手放し、自我も、楽しみも、感情も、全てを無くした健人が、唯一楽しみな時間が仕事終わりに自転車に跨がって聞く曲だ。朝は音量を絞ったて小さい音で聞いていた曲を少しだけ大きくする。