4年前の東池袋自動車暴走死傷事故をきっかけに広まった「上級国民」批判。しかしその後も一過性の流行語にとどまることなく、様々な出来事が起きるたびに人々の怒りを招き、上級国民を糾弾する勢いは日に日に高まっている。

今話題のジャニー喜多川氏の性加害問題もそうだ。業界ではこの問題は30年以上前に告発されて以来公然と知れ渡っていたが、ジャニー氏は日本のマスコミ界で絶大な影響を持っていたため、メディアはジャニーズ事務所を一切批判することなく、ジャニー氏をよいしょするように所属アイドルの「押し売り」に加担し続けてきた。本来アイドルが出る場面にふさわしくない報道番組キャスターやNHKさえジャニーズアイドルが氾濫するようになり、マスコミすべてを掌握するような勢いのある「芸能権力」としてのジャニーズ事務所を疎ましく思っていた世論に火が付いたのが、今回の騒動が大ごとになった背景といえるだろう。

また最近の例では、世襲批判もある。ビッグモーターの前副社長のパワハラLINEもしかり、岸田文雄首相の長男の「寝そべり」写真や、岸信夫前防衛大臣の長男の「家系図」炎上もそうだ。父親が大会社社長、大物政治家というだけで、その地位を世襲したゆとり世代の振る舞いが、真面目に勉強しても就職が大変、必死に働いていても出世できずに給料が上がらない悩める多数派国民世論のヒンシュクを買うのは当然だ。さきのジャニーズ事務所も同族経営だった。上級国民の家系に生まれた人間は、努力を何もせずにその地位を継承できるという状態は民主的ではない。

しかし日本では、ここまで多くの人々の怒りを買っておきながら「上級国民狩り」が起きることはない。隣の韓国では「ナッツリターン」事件や、世襲の朴槿恵元大統領の友人の崔順実氏の政権私物化に対し、国民の大規模デモが発生。朴槿恵大統領は弾劾に追い込まれたし、「ナッツ姫」も崔順実もその罪が捜査されともに逮捕に至っている。韓国に限ったことではなく普通の国であれば会社なら従業員のストライキが起きているし、公権力者ならデモ隊に包囲されて表に出れなくなるものだ。一方日本ではジャニー氏は当局の捜査対象になることなく天寿を全うしたし、多くの世襲政治家・経営者は今ものうのうと生きていて、自身がかつてそう与えられたように、ただの実子というだけの平成生まれの無能な青年たちに富と権力を移し続けているのだ。

なぜか。それは日本人に力を持たない多数派が一部の支配勢力に歯向かうという概念が存在しないからだ。多くの国では近代化の過程に市民革命が存在する。フランス革命は典型であるし、アメリカはボストン市民が重税に怒り暴徒化した「茶会事件」によって建国した。韓国なども民主化運動が、従来型の独裁政権の打倒のきっかけになっている。しかし日本では近代化の過程に革命を経験したこともないし、「天安門事件」のような未遂すら起きていない。

それは日本人が農耕民族だからである。江戸時代の身分の9割以上は農民で、300年間一度も「徳川をギロチン台へ」というような血なまぐさい民衆反乱は起きなかった。村の悪代官がどんなひどい年貢の取り立てをやっても、我慢をして集団農耕に勤しんだ。稲作共同体の「百姓根性」のDNAを今に引きずっているのだ。

稲作共同体において、上からのプレッシャーによるストレスは、自分と対等な立場がずるをしたとき糾弾することで発散した。いわゆる村八分行為で、「我田引水」を許さないということである。サボったり自分たちとペースが合わない出来の悪い人間はいじめの対象になったし、逆に賢くて我流で効率的な作業を模索して一人だけ苦労せずに進んでいる人間がいても、ずるい奴だと足を引っ張っていじめた。あるいは自分より絶対的に弱い身分に倍返しをしたのである。西日本で今も存在する部落問題がそうだ。

こうした農民型の卑劣な精神が、たとえば自殺者も出る中学校の陰湿なイジメ事件につながっているし、ブラック企業のハラスメント問題にもなっている。先進国で、中世時代の精神性を引きずっているのは日本だけである。日本人自身が、自分たちの民族性の愚かさや悪癖に気づき、その克服と精神的近代化に勤めることが必要なのだ。