日本で大っぴらに政治批判を耳にすることはほとんどない。諸外国であれば、多くの人が世間話感覚で政権批判をするし、休日には自治会に行くような当たり前の感覚でデモ行進に参加もする。しかし日本では、デモに参加しようものなら左右を問わず「ヤバイ人」扱いだ。なぜ日本はこうなのだろうか。

最大の要因は日本が豊かだということだ。海外の場合、発展途上国にはすさまじい格差があるが、先進国であっても一人に義理の富裕層が富を独占し、大多数派派は生活苦だ。アメリカでは若者は持ち家どころかアパートの賃貸もできずシェアハウス住まいが基本だし、インフレがあまりにひどいので西海岸のGAFA勤務のエリート社員でも車上暮らしをしていることもある。日本には、それほど極端な格差はなく、国民の大多数は豊かさを享受しており、「高い税金を納めているのに政府は自分たちの暮らしを良くしない」というような政治への不満が起きづらいのだ。

また民族性の違いもある。フランス革命などの市民革命が起きた欧米諸国は狩猟民族であり、権利は自分で勝ち取りに行く感覚がDNAに染みついている。30年前に「民主化運動」が起きた韓国などの日本近隣アジアの地域も、大陸系の狩猟民族だ。しかし日本人は農耕民族であり、国民の9割以上は江戸時代には百姓身分に属し、武装蜂起をして身分制度解体を訴えたり武家政権をせん滅させるような企ては300年間起きなかった。農民は調和を重視する事大主義者なので、武士と言う支配階層にただ服従し、文句の1つも言わずに年貢を納め続けたのだ。彼らにとっては支配者から不当な抑圧をされることより、横並びの調和を乱すことの方がよほど忌憚すべきことなのだ。

なので不当に税を取り立てる悪代官には文句の1つも言わないが、仕事をサボったり出来が悪い愚かな農民や、逆に苦労せず生産拡大させる方法を自分で考えて実践できるような「ずるがしこい」農民がいようものなら、逸脱を許すなと倍返しに村八分に明け暮れた。我田引水の方がよほど罪なのである。

これは、校則の厳しい学校ほど不良少年が教師に逆らうような校内暴力が起きず、そのかわりに生徒同士での逸脱した弱いものいじめが陰湿化する構図にも言えるし、ブラック企業で海外のようなストライキが一切起きず末端社員の過労死ばかりが横行する構造にもいえる。

つまりは日本人の民族性が諸悪の根源なのだ。我々は洋服を着て、近代国家の現代人を装っているが、その実態は百姓のままだ。政治家が世襲や天下りといった縁故主義が横行し、汚職をしても悪びれもしないのは、権力者の中にお武家様の感覚があることの証拠であるし、安倍晋三・麻生太郎・鳩山由紀夫氏のように実際に大物政治家はみな江戸時代の武士の末裔なのである。