■ 月光を見てわずかな希望と自由を抱く

 《月光は何故か 私に希望と安らぎを与えるものである それはあの月を娑婆でも 多くの人が眺めていると思う時 月光を凝視することによって その多くの人と共に自由であるからである》

 これは、1966年(昭和41)に静岡県清水市で起きた殺人事件で犯人として逮捕され、死刑囚となった袴田巖さん(87)の獄中日記の一節である。

 東京拘置所の死刑囚の独房は4舎2階にあった。窓から顔を少し出すと、月を眺められ、風を感じられた。袴田さんは月光を見ることで、ごくわずかな希望と自由を抱いたのだ。

 起床時間は朝7時半。死刑執行の日は、9時までに看守が独房に迎えに来る。看守が来ないと「今日も一日、生き延びた」と安堵し、窓を開けて隣の囚人と「おはよう」と挨拶を交わす。正月の元旦は、照れながら「おめでとう」と新年を祝う。

 こうして自身の死と向き合った長い年月が続いていた・・・。

https://news.yahoo.co.jp/articles/6be2abec889a272993bda850c69cd2b9654a3759