人間の脳の構造上なにかを信仰してない者は弱い
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原始的なコミュ二ティーにおいては共通の存在を信仰して接点を持ってたわけで 例えばオリンピックとかこの前の野球大会とかでさ、他の人間と一体感を持って同じ人間を応援するって感覚くらいはわかるだろ?
無信仰の俺らでもさ >>2 3
それは近いというかスレタイそのものかもな 逆に信じるものがあれば強くなれるわけだから、それを利用しない手はない
悪い例だが新興宗教の信者も行動力だけはやべーからな 少し気持ち悪い話だがね、精神の安定には崇拝する存在が必要ってことだよ
それは恋人や、指揮下にある配下の人間と同じくらい重要なもの >>7
でもさその盲信して行動してるときって案外あれ悪くないのかもな
少なくとも絶望感は見えない んでこのスレの本題
ほっといても人の脳は拠り所を勝手に探して崇めてしまうからさ
正気なうちに無難な自分の拠り所を自分で決めてしまうべきかもな。みたいな話 最悪なのは精神が弱ってるときにカルトに引き込まれること んでいろいろ興味持って調べた結果
ここまで語っておいてなんだけどさ、人はどうしても神様って存在を信じられないらしい
やっぱり強力なのはカリスマ性のある生きた実在する人間 信仰とはズレるかもしれんがそうかも
何か信じて打ち込めるものがある時期のほうが活力的に生きてた気がする >>9
俺はその仕組みに気づいてから神棚や神社の参拝を利用するようになった。
実際、結果を出している人の多くは自分の目標を神社なんかで決意表明することで意欲を高めているからな。
みんな無意識に利用してるのよ だから俺は実在する生きた人間
薬屋のひとりごとの猫猫ちゃんを信仰しようと思う。素晴らしい結論だろ? >>17
ええ…
いや神がいるとかじゃなくてそうやって自分の気持ちをコントロールしてるって意味だけど? ニーチェも頭おかしくなって自害したらしいな
やっぱ何かに踊らされた方が案外気楽なのかも >>18個人的にその手の考えは間違いだと思ってる
昔読んだ小説のキャラがさ
「神社は神頼みする場所じゃない。悲願達成を報告する場所。結局目標をかなえるのは自分自身」
みたいなこと言ってたが
それは大きな間違いだと思う。結局そのキャラも悲惨な末路だった >>19
信用性に乏しいがwiki見たら肺炎だったわ 俺アイドルとか配信者好きなやつがマジで分からない
誰か特定の人を崇拝するという気にならない
人気が出たら俺は絶対そいつに嫉妬する
応援してわざわざ持ち上げたくない ニーチェって実は何ものか知らん。キルアゴールとやらはもっと知らん >>19
発狂してたらしいね
前向きにニヒるにも限界があるよな 好きなんだけど応援はしたくないって感じ
金銭面で助けようとしたり、それで良いとおもえる意味が分からない
絶対相手の活動の助けになるようなことはしたくない 信仰と言えるレベルの入れ込み具合になる意味が分からない >>25
何かを信仰しなきゃ強く生きられないってのは
哲学的な理由じゃなくてガチの脳科学的な理由なの? 少なくとも無信仰でいるとエセ科学という宗教につけこまれやすくなる >>18
これ
これは今年度入って見る一番様子がおかしいレスだわ 極論崇拝するものは利用したり身近に感じてはいけないんだよ
信じてないけど、心のどこかで信じてる思考もあるからやる気出すためのアイテムとして利用してやれ
ってこれは危険な 原始信仰的に考えると○○ちゃんペロペロとか言ってる奴らは崇拝するものの一部を自らに取り込んでより高みへと昇ろうとしている ドーキンス、チョムスキー、キュリー、シャノン、ワトソン、クリック、ディラック、フロイト
まともな無神論科学者
結局、宗教も銃とかナイフとかとおんなじやな 大昔のピラミッド建造の時代から何も変わってない摂理だ罠
多分、そういう人種は今エジプトに産まれて死ぬまで新しいピラミッド建造の
奴隷業に従事しろっても喜んで引き受けるんだろうな
北斗の拳の世界だぞ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています