岸田文雄「アメリカに渡米した時、同級生の女の子に気持ち悪がられた」
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中濃ソース
岸田氏は、2020年9月に出版した著書『岸田ビジョン』の中で、「アメリカでの差別体験」を語っています。
通産官僚(後に政治家)だった父親の駐在に帯同した岸田少年は、小学1~3年までの間、ニューヨーク市クイーンズ区のパブリックスクールに通学していました。そこで、岸田氏は差別を経験したと話しています。
具体的には、クラスで動物園に行った時の話が紹介されています。教師から「隣の子と手をつなぐ」ようにと指示があり、岸田少年は隣にいた白人の女の子と手をつなごうとしたそうです。
しかし、彼女は眉をひそめ、一向に手を繋いでくれなかったというのです。その時の彼女の表情を岸田氏は今でも鮮明に覚えており、この出来事が「政治家を志した原点」だというのです。
https://www.newsweekjapan.jp/reizei/2023/02/post-1304_1.php また別のデミグラスソース
別の取材ではこういう風に答えてる
1979年、父・文武が通産省を退官し、衆議院議員に当選。この際の熾烈な選挙戦
を手伝ったが、多くの種類の人間に接し1票を入れてもらうため、いかなる努力を
するべきなのか考える貴重な経験となり政治への道に影響した[16]。
高松での地方営業では利息すら払えなくなった会社から経営再建の支援継続を
相談されたり、倒産や夜逃げを目の当たりにして世間の厳しさや経済というものの
激しい実態を知った[15]。1987年3月、政治家になる決意を固め、長銀を退行した[20]。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています