0001jc!ダオ
2022/03/31(木) 21:25:21.798ID:TK7nD1630「ペジテのほうがおかしい、何だろうあの靄は…?! 」
と言って、興奮した様子で瘴気マスクを外し動揺を隠せぬようにいくらか大きな息を繰り返しました。
砂漠の波頭の上を素早く滑るメーヴェ。その翼の下に途轍もないその黄金の嵐の波乱に紛れて踊る恐ろしい破滅と死の兆候、その一端がさっそく触れ始めるのでした。
「ああっ! アスベル、マスクをつけて…!」
それは蟲でした。少女が言い終わるか終わらぬかのうちに、哀れにも膨大な数のその巨大な死骸は幾つも幾つも雑然と鋭くギラギラと輝くその真っ黒な蛇腹を大小さまざまにさらして、今にも壊れそうなまだ強烈な思いもよらない悪夢の中の恐るべき太陽の影ひとつないようなその黄金一色の途方ない現実の視界の端から端を、黒々とすべてあっという間にことごとく素早く埋め尽くしてしまうのです。恐ろしい巨大な腐海の住人、今は真っ黒に一種異様な魂を風に舞わせてそのままとうにそれらを忘れたようにいつの間にやらすべてを悪魔にさらわれニヤニヤ影の中に笑うよう。
「蟲だ! 死んでいる…!」
ひどく沈んだ重々しい声でアスベルは応えました。はっきりと今はそれに何を応えるでもなく、少女は自分の胸騒ぎにただ力強く引きずられ突き動かされるのです。
「ペジテに行く!」
「気を付けて、あそこにはトルメキア軍がいるはずだ…!」
気味の悪いその胸騒ぎの正体をただ一刻も早く確かめたい一心で少女は綺麗な眉をひそめながらメーヴェの機首をその砂混じりの生あたたかい風の上に再びまた引き上げました。疑いの中で麻痺するようにどうすることもできない、フッと静かに催眠術に陥ったかのような今は複雑に震えるだけのうずくまった自分の頼りない静かな心を無理やり胸の奥へ奥へと押し込めて。
でもアスベルのその時の応える言葉の語尾にそっとどこかなぜか微かになにか押し殺したようなごくごく小さい、でもなにか非常に異常ないまだ知れない重大な秘密が隠されているようなそんな違和感が少女の頭からぬぐい切れないのでした。
残念ながら今日はここまでです。
何らかんらで谷はそのあと何らかんら救われます。予言者のおばあさんもいます。脇を固める子供もいます。
「姫様、青い異国の服を着ているの」
「その者青き衣をまといて金色の野に降り立つべし。おお、古き言い伝えはまことであった…!」
青い服の少女は微笑みながらなおも金の光の上を歩きます。生まれたばかりの天使のように。
おわり