殺到する王蟲の群れ、あるいはもう存分に早くも回復する赤い一面の地平というべきは言うまでもなく、●シャナの青く影差す眉根を一層険しくしました。
「薙ぎ払え!」
巨神兵の崩れ行く体中の血肉という血肉。ぼとぼととその赤黒い異様な滝の前にもう一度●シャナは振り向きました。
「どうした化け物?! さっさと撃たんか!」
巨神兵のその開かれて二度ともどらないような妖しい異常な口は、いまやまるで地獄の古井戸のように錆びたようなはなはだしく奇怪に穢れた水を止めどなくあたかも月夜に捧げるかのようにいつまでもただ吐き出し続けるのみでした。異様に轟くまがまがしい呻き声。狂ったような一線を突然越えて、とうとう恐ろしい牙を再びむき出しに口をさらにさらに大きく開いて、先ほどのような金色の得体の知れない光をかろうじて今一度口に含んだようになると、驚いたことに今度はなぜかその時いかにも最後の支えをすべて失ってしまったかのようにその巨大な顔じゅうの血肉が粘土ようにどろどろと一度に形を失い、おぞましい目と口だけのような巨神兵のその頭蓋骨が半分ほども最早なにものも覆うものなく露出して、砂煙と呪いのようなガスの中、月光の下にその土気色の姿を永久に現してしまいました。それでも瞬く光は再び地平を襲って、先の火の玉の半分ほどの大きさでかろうじて、再び赤く赤く巨大な爆発を生じさせました。
火の玉に姿を消していく王蟲。でも、閃光の直撃を受けながらも尚も突進する王蟲さえもいました。もはや押し寄せる王蟲の無限のような地響きはいかにも阻みようがないように思えました。
「ううっ…!」
折しも断末魔のような呻きとともにすべての肉体を崩壊させる巨神兵。直下の戦車にいた●シャナはかろうじて避難するより他ありません。驚いたことに底力の抜けたような、なにか名残惜しむような呻き声とともに巨神兵の巨大な亡骸は直後に戦車をまっ平に潰してしまいました。
「うわあっ…!」
「おおっ…!」
トルメキア兵たちはそれを見て再びうろたえ始め、おのおの多くない逃げ場を探し始めました。それが例え自ら軍をもって潰そうとした場所であってもそこに銃をもって乗り込んでいったことでしょう。もはや言うまでもないそこにあるのはほとんど底抜けの醜い混乱。
「駄目だーっ!」
「逃げろーっ!」
谷の民たちは目を皿のようにこの狂騒を見ていました。寄り添う子たちの中に闇のような黒いローブ。頭に飾られた宝玉もおろおろと今はあたりを覗う老婆の目のよう。赤いローブの娘が目を丸くしています。
「巨神兵、死んじゃった…」
すべてを悟ったような老婆がさとします。
「そのほうがいいんじゃよ。王蟲の怒りは大地の怒り。あんなものにすがって生きのびてなんになろう…」
飢えた地獄の窯をひっくり返したような混乱。でも、そこになにかがあらためて空から降り立とうとしています。
山火事のようなあの王蟲の怒りのなにか悪魔の庭園のような光を超えて、あわただしいその夜空を焼く恐ろしい屋根のてっぺんに、その少女は凛と真っすぐ前を向いて、異様で真っ黒ななにか宙で窮屈そうに足をもがく微かに鳴き声のするような、大きくも小柄で幼い王蟲とそろってペジテの浮砲台につり上げられながら大急ぎで、やっとのことでそこにたどり着いたのです。そこは少女の覚悟の死の狭間。はっきり祈りと契約、ほかならぬ神々との、その混じりけのない信仰のぽつりと残される記念碑となるべき場所でした。
「あっ、ひめねえさま!」
「ひめねえさまっ!」

残念ながら今日はここまでです。
何らかんらで谷はそのあと何らかんら救われます。予言者のおばあさんもいます。脇を固める子供もいます。
「姫様、青い異国の服を着ているの」
「その者青き衣をまといて金色の野に降り立つべし。おお、古き言い伝えはまことであった…!」
青い服の少女は微笑みながらなおも金の光の上を歩きます。生まれたばかりの天使のように。

おわり