暖かい王の間に優しい笑い声が広がりました。中心に薬草を煮詰める囲炉裏。嬉しそうに一人の老婆が何かをかき混ぜます。
「ふっふっふっ…。大凧に助けられたか」
「この谷は良い。いつ来ても心が和む」
旅人は今は王の枕元に座り、背後には金の盾とタペストリーが幸福な炎に揺らめいています。王は優しく深い力強い眼でした。
「今度の旅はどうじゃった?」
旅人は遠い眼をしました。
「酷いものだ…」
苦々しく言葉を継ぎます。
「南でまた二つの村が腐海に飲まれてしまった。腐海は着実に広がっている。なのにどこに行っても戦に飢え…。不吉な影ばかりだ。なぜ、この谷のように暮らせぬのか」
地の底から出るような老婆の声がそれに応じます。
「ここは海から吹く風様にまもられておるからの。腐海の毒も、谷には届かん」
「どうだ、ユパ、そろそろこの谷に腰を据えぬかの?」
王の言葉にためらいなく旅人は応えようとします。でも王は続けました。
「わしはもうこの有様じゃ。皆も喜ぶがのう…」
「無駄じゃよ、ユパは探し続けるよう定められた男じゃ」
その言葉にはでも、代わりに老婆が応えました。旅人の目は落ち着いたようにも見えました。
「定め、か…」
旅人は再び遠い眼を今は明るい赤の炎に注ぎます。
「おばば様、探すってなあに?」
少女は絨毯に無防備な子供のように寝そべっておりました。胸元に丸まるキツネリス、テト。少女の本当の無邪気な真心のよう。
「おやおや、ナウシ●は知らなかったのかい。ほれ、あの、壁の旗にあるじゃろう。わしにはもう見えぬが、左の角にいるお方じゃ」
みると青い刺繍が赤い生地によく映え、金の刺繍が囲んで神々しい一人の人物が杖を手にして微笑んで見えました。
「その者青きころもをまといて金色の野に降り立たん。失われし大地との絆を結びしあと…」
「ついに人々を、青き清浄の地に導かん。ユパ様、私ただの言い伝えなのだとばかり思っておりました」
少女はそらんじていました。
「おばば様、からかってもらっては困ります」
「ほほ、おんなじことじゃろ…」
「私はただ、腐海のなぞを解きたいと願っているだけだよ。我々人間は、このまま腐海の毒に飲まれ滅びるよう定められた種なのか。それを見極めたい」
それから少女は自室に戻って、大きな風車が時折かすめる窓から美しい谷の風景を月明かりに眺めながら何度も何度も、この交わされた言葉を繰り返して繰り返して真剣に思い返しました。
「私に、ユパ様のお手伝いをできればいいのに…」

何らかんらで谷はそのあと何らかんら救われます。予言者のおばあさんもいます。脇を固める子供もいます。
「姫様、青い異国の服を着ているの」
「その者青き衣をまといて金色の野に降り立たん。おお、言い伝えは本当であった」
青い服の少女は微笑みながらなおも金の光の上を歩きます。生まれたばかりの天使のように。

おわり