人は死ぬことによって肉体から魂が解放されて自由になる
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もし、自殺すると死後地獄に落ちるという信行があったとしても
それ自体に矛盾が多すぎる
何れ死ぬのに勝手に死ぬのは許されないのはなぜなのか?
自然死、病死、事故死と自殺が異なるのはどういう理屈なのか説明していない そもそも、生きているということやそこに存在するという感覚は幻覚の可能性の方が高い
なぜなら、生きているという現象そのものがあまりにも短期的で限定的だから
自分はこの不合理な世界。人間の妄想から解き放たれ、真の自由があるのは死んだあとだけだと確信している 人間は教義的な物に囚われすぎていると思っている
例え、何も信じるものがなくても。こうだという思い込みの中を生きている 精神など肉体の奴隷にすぎない
飢えている時に食べる以外のことが考えられようか 俺は死教を信じていて
死は万物に宿る穢れを落とす行為だから、死ぬことは神に近づくことなんだと信じている >>5
我々は物質の奴隷でしかない
霊主肉従ではない肉体が主であり、霊(精神)は奴隷である
我々の思考や創造や感情は副産物にすぎない これは科学的にみても明らかである
意識は遅れてやってくる(著)
つまり、意識とは肉体(脳の処理によって生み出された副産物) 仮に死んだあとの世界に天国も地獄もない。意識と呼べるものはなく、そこは虚無だったとしよう
でも、それはそれでとても平和な世界ではないだろうか
そもそも、すべての感覚、五感、思考は肉体が生み出した幻想にすぎなくて
それが終わるだけにすぎないのだから。どんなにハッピーな人生を歩んでいる人も、生き地獄を味わった人も、行き着く場所は同じなんだから 例え、そこに何もなかったとしても
そこには貧富の差も争いも存在しない
虚無こそがほんとの平穏であると思う 苦しいよぉ辛いよぉ寂しいよぉ悲しいよぉ
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