蜘蛛の糸の話って絶対に救いなくね?
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
蹴落とす→地獄行き
蹴落とさない→重さでちぎれて地獄行き
お釈迦様って救いのない人なの ちぎれると思い込んだのはカンダタだろ
ちぎれないよ 蹴落とすから地獄に落ちたんだぞ
優しさがあればよかったね 糸千切れなかったら本来罰を受ける地獄の連中も脱出できてたわけだがそんなのアリか? 罪人に救いなんかいらないだろ
一度でも罪を犯したら二度と戻れない地獄へ落とせ >>4
仏様がそのへんなんとかするって選択肢あるだろうに
地獄に蜘蛛の糸垂らすスーパーパワー持ちぞ まぁ要するに、更生してないよね?じゃあ駄目だねって話だろこれ >>4
人の中から衆生を救う救世が生まれたかもって話だろ釈迦の再来だよ >>6
仏さま性格悪すぎだろ
こいつが地獄に落ちるべきでは? もともと何をしようが千切れる設定や
蹴落とさなかったら善の心を認めて釈迦が助けてくれる予定やったねん
ほなもん当然やろ
運悪かったら天国が地獄の亡者だらけになるやん お釈迦様の気持ちを考えろって問題出したらみんな0点になりそうだね 自分の過去の行いを反省し救いを他者に譲って地獄に留まるのが釈迦好みの解答と見た カンダタが掴まった時点で糸をちょっと引き上げて他の人が掴まれないようにしなかったお釈迦様にも落ち度がある むしろ更生した?してる?してないね、ハイダメー。って話なんよ
釈迦好みは蜘蛛の糸を人に譲るだな 現実も、誰かが厳しい選択を与えて助けようとしたら
群がって
救世主からどう作るかも知らない飯種を奪い、そのまま飢えて行くからね
最初から他人が亡者を救う方法なんてない
ソイツラを救うのは反省した自分自身だけ 最早糸を垂らしてくれる何かがいるならそれはそれで上等なようにも思える 子供の頃に火の鳥鳳凰編見てからずっと虫や動物に優しくしてるのになぜ俺は独身なのだろうって考えたことがある
今は死後にカンダタみたいに虫や鳥、獣たちを遣わしてくれることを願いつつ生きてる A「俺が行く!」
B「いや俺が!」
C「いいや俺が行く!」
AB「どうぞどうぞ」
ならいいのでは? >>20
それはね、色香に惑わされる女とは縁がないからだよ
いい人見つかるといいね 地獄に蜘蛛の糸を垂らすほどの力があるならカンダタが真に反省しているか救うに値するかなんてことは分かっているはず
釈迦の行いは単に救われない人間に希望を見せてから蹴落として絶望に歪む顔が見たかっただけに思える 上が天国とは誰も言ってないんやけどね
結局二人で登ったところでデスマッチさせられるだけや お前ら芥川龍之介の蜘蛛の糸読んだことある?
めちゃくちゃ読みやすくてびびった 基本的に利他行動を良しとする宗教の話で率先して蜘蛛の糸掴む時点でアウトなんよ 糸2本垂らして隣のやつを蹴落としながら登るゲームにしたほうが盛り上がりそう
くにおくんの運動会みたいに 救いあるあるなんじゃね野菜を種のうちに食べちゃったり井戸壊して部品売っちゃったり 日本以外
「自分だけが助かれば良いという考えが増えれば全員奈落へ落ちます」
日本
「みんなやってるじゃんという考えで国民総畜生道に落ちてます」 釈迦が資産家・カンダタが労働者の暗示なんや
カンダタが資産家階級に上ることは許されてないねん
労働者階級では他の労働者と勝負させられて結局救いは無い
金持ちの性格の悪いお遊びや そもそもたまたま蜘蛛救った事があるだけでワンチャン与えるとか、それまでの被害者の事考えろやって話よ
不良が雨の日に捨て犬助けたら良い人認定みたいなモヤモヤ感が凄い 蜘蛛とかいう雑魚生物しか助けないからこういうことになる
鳥を助けてれば空を飛んで天国に行けた ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています