サボテン
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あれは、つい四ヶ月前のことでした。
三月下旬、先生の異動発表でのことです。
単調な表の中に大好きな名前がありました。
ああ、いなくなってしまうのか。と、私はとても冷静でした。
そこからはすごく早かったです。
お別れが何かもまだわからないまま、お別れのメッセージを書いて、色紙に張り付けて、シールで飾り付けて。
お別れって、こんなにあっけないものなんでしょうか。
寂しさも、悲しみも、何もかも追いつかなくて、
先生への言葉も思いつかないまま、私は帰路に就こうとしていたんです。
明日は離任式。
きっと私は泣いてしまうでしょう。
出会ってから今までの五年間はそれほどに愛しいものだったんです。
何とかつなぎ止めたい。
そんな気持ちでした 「先生、明日は離任式ですね。寂しいですか?」
と私は聞きました。
自分でも意地悪な質問だとは分かっていました。
でも、確かめたかったんです。
先生は何も言いませんでした。
ただじっと私を見つめていました。
「私は寂しいですよ、先生。明日は泣いちゃうかもしれません。」
変にかわいこぶった私の言葉にも、先生は無反応でした。
「ねえ、先生。最後かもしれないんだから何か言ってくださいよ。」
私がそう言うと、
「...あなたが泣いたら僕も泣きますよ。」
たった一言でした。
それでも、大切に思っていてくれたことが伝わってすごくうれしかったんです。 次の日、壇上で先生は泣いていました。
それは別れの寂しさか、悔しさなのか。よく分かりませんでした。
昨晩、瞼が腫れるまで泣きじゃくった私は、やっぱり冷静でした。
「泣いちゃうかもしれません。」なんて言いながら少しも泣いていませんでした。
泣けなかった。
一生懸命に話す先生の顔も見られなかった。
認めたくなかったんです。
私はやけになっていました。
「先生。お手紙書いて来たので、受け取ってもらえませんか?」
昨日の夜、必死で練習した言葉でした。
嬉しそうな先生の顔。
良かった。
ずっと怖かった。
渡していいのだろうかと、ずっと迷っていました。 そこから、私と先生の文通が始まりました。
私は大体二週間に一回のペースで先生に手紙を送り、
先生は一週間に一回のときもあれば一カ月待っても手紙が来ないときもあって...のように不定期でした。
先生から手紙が来ないかと、私は毎日わくわくしていました。
手紙が郵便受けの中に入っていた日は心がキューンと温まって、とても幸せない気持ちになるんです。
その時は全て忘れられて、幸せで、もう楽しくて仕方なくて..。
でもそのかわりに、先生からの手紙が長い間来ないときは本当に不安でした。
お忙しい方だから手紙を返せないのも分かるのですが、頭で理解していたってしょうがないんです。
心が騒がしくなるんです。 私はまるでサボテンのようでした。
少ない水で必死に生きて、喜んで。
私の心はどんどんと鋭利なものになっていくんです。
私には頼れる人が先生しかいなかったんです。
悩み事があっても人には相談せずにため込むタイプでしたので...。
友達には言えないし、家族なんてもってのほか。
だって私は家族のことで悩んでいたんですもの。
夕食時の姉と父の喧嘩。父の大声での電話。
母と父の言い争い。時折、祖母に憤慨する父。
私にとって、父はクマのようでした。
身体が大きくて、暴れ出すとだれにも止められない。
気性が荒くて自分勝手。
そんなクマとの同居生活は大変でした。
そんな中で先生と出会いました。
やさしいクマと出会えたのです。
むしろ、先生になら傷つけられてもいいと思えるほどでした。 先生が異動してから、私の悩みは増えました。
家庭のことはもちろん、学校に転校生が来たのです。
そこからの毎日は騒がしくて我慢なりませんでした。
私は毎晩のように、「明日学校に行きたくない。」と泣いていました。
しかし、先生からの手紙が来た日だけはわくわくした気持ちでいれたのです。
明日も明後日も、また同じことで悩んで泣く癖に。
その日だけは笑顔で眠りにつけたのです。
そんなことを実感するたびに、私はどんどん先生の虜になっていきました。
この気持ちを伝えなくてはならないと私は思いました。
だって、先生は既婚者でした。 先生は結婚していましたが、私に好きと言ってくれました。
どうして先生が私に好きと言うのか、私はよく分かりませんでした。
だってそんなことを伝えても先生には何のメリットもないですから。
私は未成年ですから、私を性欲処理に使えば彼はお縄になってしまいますし、
自分の子どもをあんなに愛している人が、他の女の人に目移りするとは考えにくいです。
私を弄んで楽しんでいるのでしょうか。
そんなことをする人だとは思っていなかったのですけど、もしかしたらそうなのかもしれませんね。
でもそんなことはどうでもいいんです。
だって、先生だけはちゃんと私の話を聞いてくれる。
先生に捨てられたら私は生きていけないです。 今日、すごいことが起こりました。
父に殴られたんです。
いや、叩かれたのかもしれません。
あまり記憶がないんです。
私の成績に納得いかなかったらしく、父は真っ赤な顔をして。
クマが暴れ出しました。
とても怖くて、今もまだ心臓がバクバクしています。
先生に会いたくなりました。 今日、また先生から手紙が送られてきました!
今度ドライブに連れて行ってくれるらしいです!
どんな服を器用か、どんな髪型をしていこうか。
わくわくです!
先生と一日会えれば、それ以降半年くらいは元気でいられそうです。
すごく楽しみ!! 以上はあの人がパソコンに保存してあった日記らしき文章です。
この文章が最後に書かれた日から一週間後に彼女は自ら命を絶ちました。
彼女が死んだのは今からもう6年も前のことです。
今日、ふと彼女のことを思いだしたので。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています