神浜市のある一角に佇む教会で一組の結婚式が控えていた。
新婦である七海やちよは、学生時代に思いを寄せていた和菓子屋の男性と今日、夫婦となる。
男性は和菓子だけでなく洋菓子の技術を欲し、自ら苦難の道を歩んで成功者となった。

女優となって数年、番組MCも務めるようになったやちよだが、やちよの番組に誰が出演したのをきっかけに想いが再燃。
男性からのプロポーズを受けて始めた交際が実ったのだった。
しかし、胸中には自分が他の皆より先に進んでよいのかと思う気持ちもあった。

未だ帰らぬ環いろはを裏切るようにも思え、取り出しだ携帯端末を操作し、画像ファイルを開く。
そこには自分と結婚相手が二人で写っている写真や、仲間たちとの集合写真など、最近のものが多くある。
だが、いろはの写真だけは、他の仲間たちが大人の姿となる中、あの日のままだった。
いろはが姿を消す何年も前、最後にいろはを写した日のそれは、自分の運命をまだ知らない頃の笑顔でーーー

「そろそろ始まります」

ドアの向こうから係員に声をかけられ、立ち上がると、携帯端末をしまって外へ向かう。



その途中だった。



懐かしい声が聞こえたのは。



「結婚、おめでとうございます」
「…!?」

振り向いた先には窓のカーテンに隠れている、しかし、覚えのある輪郭の人影がーーー

「まだ帰れないけど、それだけ伝えたかったから」
「ま、待って、いーーー」
「お幸せに」

そこへ一陣の風が吹いてカーテンが動く。
なびいだカーテンの向こうには誰もいなかった。

「すみません、断りもなく。何かあったのかと…」

いつの間にかドアが開かれ、係員が心配そうに尋ねてきた。

「やちよ様?」
「ううん。何でもない…気のせいみたい…」


END