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俺が職員玄関に着くと俯いて待っていた彼女がぱっと顔を上げた。
 お待たせと声をかけると彼女は嬉しそうな顔で首を横に振った。
 「今日遊ぼうって話だけど、何して遊ぼうか」
 そう彼女に聞いてみる。わざわざこうして登校してきたくらいだ。なにか目的があって登校してきたのだろう。
 「えーと、一緒に帰って、途中で駄菓子屋さんに行ってみたい」
 思えば彼女も偶には学校に来るとは言え、誰かと登校することもなければ下校することもなかったと思う。登下校の途中に彼女を見かけたことすらないのだ。きっと今まで登校してきたときはお母さんが送り迎えしてくれていたのだろう。今朝もそうだったのだろう。
 「良いよ、行こっか」
 俺の友人達が学校を出てからしばらく経った。きっともう駄菓子屋で買い物を終え、今日の遊び場に向かっていることだろう。鉢合わせることもないはずだ。
 彼女と並び歩く帰り道は新鮮だった。そもそも女の子と二人で道を歩くなんてことが今まで殆どなかったと思う。時に走り、時に立ち止まり、全体を通してみればそこそこ急いでいた。次に遊ぶ予定があったからだ。
 対して今は歩幅も歩調も一定で、彼女の少しゆっくりめなペースに合わせて歩いている。いつもよりゆっくり歩くことで普段気に留めていなかった景色が目に入る。稲刈りが終わり足跡に水が溜まっている田んぼ、背高草に追いやられ隅の方で細々と茂っている薄、普段から見ている筈だけれど、細部によく目が付くと言うか、はっきりと輪郭が見えるような感覚だった。
 「学校に来たのは久しぶりだけど、体調はどう?」
 ただ歩いているだけだと間が持たないと言うか、いつもの彼女の部屋で話しているときはすらすらと言葉が出てくるのに今日は何故かつっかえる。何か話すことは無いかと考え、彼女のいつもと違うところ切り口に質問してみた。
 「今日はね、こうやって一緒に帰ってみたかったから学校に来たの」
 優しくはにかみはなが彼女は答えた。いつも家に行った時は部屋着と思しき服装だったが、今日の彼女は清楚な感じのワンピース姿だった。彼女の笑顔はいつもと変わらない筈なのに、いつもの彼女じゃないような気がして、もう三年も話している筈なのに緊張してしまう。
 今までずっと友達だと思っていて、それは変わらないのだけれど、彼女は女の子なのだと否応にも意識してしまう。
 意識したところで何が変わるわけでも変えられるわけでも無いので、一緒に帰ってみたかったという部分に関してはそっかと簡単な返事をするしかなかった。
 ただ、一度会話を挟んだことにより歩き始めた当初よりは話せるようになった。駄菓子屋で何が食べたいのとか、今日の授業がどうだったとか、そんな他愛の無い話を続けながら歩いた。