Vtuberに「可愛さ」と「交流出来ること」を念頭に求めるのっておかしくね
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彼らが何かを企画したり創ったりトークなどを発信してはそれを楽しむという一種のラジオ番組とかのような感じであるべきなのに
面白さとか抜きにして単に推しに認知して欲しいみたいな感情を先行させてるファン層が増えすぎてる気がする やかましいそれができないならVなんてやるなしねごみ >>2
俺が決めたというよりも、元来あった流れがそうだったからな
ただもう一つあえて理由を付けるとすれば、ファンとの距離感が近すぎることによりファン自身がVの活動に対するしがらみになる恐れがあるからだと思ってる
例えばだけど男とコラボするな!みたいな声ってのはまさにそういうの リスナーもリスナーで人が主役の場において自我を出しすぎるのもおかしいし
推しを推すことに対して本来自分と距離感が近いかどうかって別に関係の無いことじゃん?
なのにそれを意識し過ぎるのは最早推しを応援したいというよりも推しに認知して欲しいとか個人として見て欲しがってるというエゴが過ぎるんだよね Youtuberそのものに視聴者との交流要素が含まれる事はマストではないもんな >>7
そう、そうなんだよ
別に交流を0にしろとは言わないけど、リスナーの存在を絡めるならそれを何かしらのネタに昇華出来るぐらいのことしなければはっきり言えば推しを見たい側からしてもリスナーの存在ってノイズだなって思うし 動画サイトにおいては主役は動画あるいは動画投稿者であり
そこに視聴者の自己主張が割り込むのは投稿者が用意した場の侵害である
おおよそこれに似た考えはマナーとして暗黙の了解になっていたように思える お前が求めるような方式のVが今さら出てきても人気取れなくてすぐ消えるだけ 元来あったって語るくらい初期から観てたなら、その辺は動画から配信主体の流れになった頃にさんざ語られたでしょ リスナーが過剰に自我を出し過ぎることは例えるならばアイススケートとかのような舞台で選手のもとにファンだからとリンクに乗り込むようなものだと思うんだよな
別に応援自体はそんな自我を出さなくても単に画面の向こうで見てるだけだろうと出来ることじゃん?推しの生み出す何かを享受して楽しむこともそれで元来満たされるはずだ
なのにそれにとどまらないのは、最早推しを応援したり楽しむこと以上に己のエゴを満たされたがってるように思うんだよね
リスナーありきの企画、とかなら良いんだけどさ 交流できる生配信のVが圧倒的な人気とシェアでお前の言うような交流できない録画のVは全部消えていったからお前の持論は間違いはい終わり >>12
それが人気取れないとすれば半ば俺が言ってることは事実だと認めるようなものだと思うが
仮にそうだとしたらさ、そういうユーザー層ってそういうエゴのデカさを自覚してるんだろうか、とか疑問に思ってしまう
>>13
配信主体はやる側が編集作業やらしなくて済むという一種の怠慢とも言えるし
逆にリアルタイムであるということを活かしも出来るから複雑なところだよなと思う
ただ少なくとも配信主体になったことでファンとVの間の距離感が縮まった、と勝手に思い込むユーザーは増えたなぁと感じるわ >>15
全部は消えてなくね
人気最上位じゃないとは言え動画勢って中堅以上含め一定数残ってるし、配信主体の箱でも動画形式で出すVもいるし
そもそもVの面白さは切り抜きでも成り立つことは証明済みだからこそ過度に交流したがる気持ちって面白さとは関係ないよなとも思うんだ
まぁそれ以前に、第一に交流とかを求めるタイプの人は最早そのVの何が面白いかどうか、みたいなのを気にしてないようにも思えるんだけどさ 交流って何や?
基本的に配信者からのアウトプットの情報しか無い絵の付いたラジオみたいなもんやん >>18
要はコメントを拾って貰ったりとかっていうことのつもり
絵のついたラジオで俺はむしろ良いと思うんだよな
Vってラジオやトーク番組、バラエティ番組ぐらいの感覚で始まってたようなものだし スパチャ欲しいから配信してんだからWINWINだろ
そもそもV以外だって投げ銭欲しいから配信してるじゃん ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています