2013年に発表されたアメリカ・エモリー大学のブライアン・ディアスとケリー・レスラーにより発表されたマウスを使った研究は、とりわけ印象的だった。

 彼らはマウスに香料(アセトフェノン)やプロパノールの匂いを嗅がせると同時に電気ショックをあたえ、匂いだけで恐怖を感じる条件付けをおこなった。
驚くべきは、その条件付け、すなわちその匂いをかぐと恐怖反応を示すという行動が子世代、そしてなんと孫世代まで伝わったことである(図6)。

 当然、親世代で匂いと電気ショックの条件付けがされていない普通のマウスでは、子世代でも孫世代でもそんな反応は起こらない。

 この条件付けの"遺伝"が何によって起こるのか詳細に調査されたが、まず神経細胞で組織的な変化が見いだされた。
条件付けを繰り返すことにより、アセトフェノンの匂いの受容体を発現する嗅覚神経細胞の数が親世代で増えており、その増加は子世代でも孫世代でも維持されていた。
また、DNAのメチル化を調査すると、この匂いの受容体遺伝子の領域におけるDNAメチル化が低下しており、この変化と条件付けに何かの関連があると考えられた。

 さらにこのDNAメチル化の変化は驚くことに子世代マウスの精子においても認められた。つまりDNAのエピジェネティクな状態が精子を通じて、次世代に伝えられたことが推定されたのである。

 もちろん受容体遺伝子のメチル化低下と「恐怖」が記憶されるということの間にはまだ大きな乖離があり、その隙間を埋める今後の研究が待たれるところであるが、生殖細胞におけるエピジェネティク修飾は決して白紙になっておらず、世代を超えてある程度"遺伝"することが明らかになった意義は極めて大きい。

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