三国志で一番悲しい散り方をした人物
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董卓の追ってから逃亡中の曹操をもてなしてあげたのになぜか殺された名もなきおっさん 処刑対象者の名前書かされて最後に自分の名前書かされた人 >>12
あのエピソードはなんで演義に入れたんだろう? 俺を殺せる者がいるなら出てこい!って言ったらここにいるぞ!って言われて殺されたやつ 何進が死んだときは何故か悲しかった
なにしんどるねんって思った 曹操に枡のサイズごまかした責任押し付けられて殺された人 >>29
于禁は軍規と礼節を重んじる人で
関羽に樊城で降伏したのも全ての部下の命と引き換えに、、、って思ってたけど >>15
その後の曹操のセリフ「私が他人を謀る事があっても、他人に私が謀られる事があってはならん」ってのが、曹操のその後の人生全てを表しとるからやないか? >>32
曹丕ってのは陰険とか非情とか色々悪く言われる事が多いけど、実は結構ロマンチストな所があったように感じる。
関羽が死んだ時に呉に降伏するよりマシとして魏に降伏した黄権が、劉備が死んだ時に魏の家臣達は皆曹丕の元にお祝い駆けつけたのに黄権だけは来なかった。
曹丕は黄権をビビらせてやろうと考えて何度も「お祝いに来い」と使者を遣わしてプレッシャーをかけたが結局黄権は曹丕の元にお祝いには行かなかった。
すると曹丕は黄権を出世させたそうだ。
曹丕はたとえ今は敵でもかつての主との義理を貫く黄権みたいなタイプを好むロマンチストだったんだよ。 >>40
実に儒家が好みそうなエピソードだな
ロマンとは遠くないか ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています